上林憲行: サービスサイエンス入門



昨年のちょうど今頃だったと思うが、サービスサイエンスという考え方があるということを知り、いつか勉強してみたいと思っていたところ、たまたま府中の図書館にこの本があることを知り、読んでみた。

産業革命以降の社会では工業化が進められ、その土台としての基礎科学の重要性がよりクローズアップされた。その長い歴史の中で、基礎研究から工業へのフィードバックが行われるプロセスが確立され、大企業ではどこも基礎研究所を置くようになって久しい。一方で、第2次世界大戦以降第3次産業の隆盛は著しく、サービス業はいまや全産業の半分を占めるまでに成長したが、ことサービスという点に関しては属人性が大きく、工業のような体系づけられた理論というのが存在しない。そこでサービスについても同様の理論体系を確立できないか、という考えのもとに始められたのがサービスサイエンスという分野である。

とはいえ、サービスサイエンスという概念を最初に提案したのは、かの IBM。従って、サービスサイエンスは ICT がどのようにサービスを支え、そしてサービスに対するイノベーションを創出していくかという点が中心となっており、必ずしもサービス業全体を幅広くカバーした研究分野となっているとは言い難い。ただ、少なくともここ10年の動きを見る限り、ICT を利用しないで効率的なサービスを実現することは現実的でなく、その意味で ICT の功績を十分分析した上で、今後のサービス業に対する体系付けを行うということについては一定の需要もあるだろうし、成果が出てくることが期待される。

この本に関して言うと、入門と銘打っているだけあって、サービスサイエンスについて深く掘り下げるというよりは、これまでのサービスサイエンスの流れを summarize しているというような位置づけで、この分野を全体的に俯瞰して理解するという目的には適していると思う。ただ、いかにも学者さんが書いた本らしく、大変分かりづらいという側面も、、、。上林さんの頭の中では整理されているんだろうけど、それを単に吐き出すだけでは読者に対して背各なり会を与えるには至らない。説明の順番を変えたり使う言葉をもうちょっと選べばもっと分かりやすかったのにと思うとかなり残念。それと、全体的にサマリーという位置づけのせいか、これまで ICT サービスで成功を収めてきた企業についてのレビューに多くのページが割かれており、それを理論と結びつけるとなるとどうしても後付けなんじゃないかと思えてしまうのも残念。

サービスサイエンスについての重要性は何となく理解できた気がするので、もうちょっと深く掘り下げた本も読んでみたいところ。

角田光代: 中庭の出来事



角田光代さんの長編サスペンス。

ホテルの中庭で行われたパーティーで、舞台作家が何者かによって毒殺される。確固たる証拠が見つからず、結局自殺であったのではないかと推測されるものの、とある女優が実は殺人事件であったと推測し、犯人と思われる相手を同じホテルの中庭で問いつめる。

という内容のお芝居をしている女優さんたちのお話。このお芝居を書いた作家とその相談相手とのやりとりや、舞台の脚本、さらにはそれを演じている女優と刑事の会話が交互に現れるといった形態で、一見複雑でどのレベルの話なのかが分かりづらいが、その関連性が徐々に見えてくるにつけ、より話が深くなっていく。

恩田さんはこういうかわった形態の話をよく書くけど、今回の作品は今まででも一番変わっていると思う。舞台を演じるには自分を話の世界にとけ込ませることも必要で、そうすると虚構と現実の区別が見えにくくなるだろう。が、実は人間誰しも自分というキャラクターを演じざるを得ないときもある訳で、人間が生きている世界fではどれが虚構でどれが現実かという区別は実はかなり曖昧である、という恩田さんならではのメッセージが込められているような気がした。

殺人事件自体には大したトリックもなければ大どんでん返しがある訳でもないけど、最終的にこのお話が迎える結末をみると、そうだったのかぁ、と納得できると思う。

3つの世界を行き来しながら話が進むので、どの世界の話なのかを理解しながら読み進めなければならず、その意味でかなり読むのにエネルギーを要する作品ではあったが、これはこれでなかなか面白かった。

三宅久之: 政権力



TVタックルなどでおなじみの政治評論家・三宅久之氏が、一国のリーダーたる首相に求められるものについて自身の考え方を示した本。

折しも今日公示となった衆議院選挙は「政権選択選挙」とも言われている。いまのままの自民党政権でいいのか、それとも民主党が政権を取るのか。有権者ひとりひとりが政権に何を求め、そのためにどの政党に投票するかを真剣に考える必要があるのが今回の選挙だと思っている。そんな中、新聞記者から政治評論家に転身し、数々の政権とそれを取り巻く政治家をつぶさに観察していた三宅氏が、政権を担っていくにはどのような力が必要と考えているのか、という点に興味があった。

戦後の総理大臣についての解説とか政権の裏話のような話が多く書かれていて、それ自体は非常に興味深い。こうした混沌の時代にあって過去をひもとくのは非常に有益なことだとは思うが、ただ一方で、三宅氏が新しい政権に求めるものについてはほとんど書かれておらず、しかもかなり漠然とした一般論に終始しているのはかなり残念。構成的にも、各章が分離していてつながりが見えづらかった。うがった見方をすると、とりあえず選挙にあわせて「政権力」というキーワードを先に立て、そのために無理矢理内容を膨らましたような気すらしてしまう。

いいテーマだし、政権力を語るに相応しい経験やエピソードもたくさん持っているのに、なんかとてももったいない。三宅さんも焼きが回ったか、、、。


垣谷美雨: 竜巻ガール



「小説推理新人賞」を取った際に平積みになっていたので気になっていたこの本。このたび文庫化されたので読んでみた。

ジャンルとしては恋愛小説を集めた短編集。それぞれ違ったシチュエーションを扱っているが、いずれも男女関係についてのトラブルを扱っている。甘酸っぱいような話もあり、疑心暗鬼にとらわれる女性を描いたちょっと悲しい話もありという感じだったけど、どれもまあまあ面白かった。中でも「渦潮ウーマン」ははちゃめちゃなセッティングではあるが、軽快かつコミカルで内容でなかなか面白かった。

夏野剛: グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業



NTTドコモでiモードの立ち上げに携わって一躍有名となった夏野さんが、Webビジネスの成功要因・失敗要因について書いた本。

タイトルはかなりあおり気味だけど、中身はきわめて真っ当。「よく分からないけどネットを使うと儲かりそうだからなんかやってみたら」的な感覚でネットビジネスを始めた企業は多いものの、そうした企業のほとんどが今では淘汰されているが、そうした企業の最大の敗因は、ビジネスとしてのビジョンがないことだというのは確かにそうかも。まずリアル社会のビジネスモデルとしてうまくいくかという視点が欠けていると、単にネット上で新しい技術を使ってみたと言うだけでは顧客を魅了することは出来ない。まず企業として基幹となるビジネスがあり、その上でネットを使うことでいままで出来なかったことが実現でき、その結果売り上げの増加が貢献できるといったロジックで物事を考えなければならないというのは当たり前で、今更説くまでもない。にもかかわらず、相変わらずバズワードに惑わされて、身の丈以上のことをやろうとするから失敗するんだ、ということらしい。

また氏は日本にはネットのポテンシャルがあるにもかかわらず、リーダーがいけてないから爆発していかないんだという主張もされている。今の日本企業のトップはだいたい50代で、ネットに関する知識もなければ、ネットビジネスで必要な多様性を受け入れる考え方もない。こうした旧態依然としたリーダーは退陣すべきで、もと若い世代が日本を引っ張っていかなければならないという主張には氏の強い思いを感じる。

クラウドを単なるバズワードであるとばっさり切っているあたりはちょっと微妙な気もするが、全体を通して夏野氏の経験から得られた提言は説得力があるように思う。(少なくともネットビジネスのユーザ側の視点から見れば。)

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