須田和博: 使ってもらえる広告



久々の書評。

博報堂でディレクターを務める須田さんが、これからの時代にあった広告の手法として提唱する「使ってもらえる広告」というコンセプトについて、自身の経歴やこのコンセプトに至る過程なども含めて解説した本。

「使ってもらえる広告」というキャッチコピー自体はとてもいいと思う。ただ、書いていることはどれも客相手の商売であれば当たり前のことを焼き直しただけに過ぎず、逆に広告業界 (とくにマスメディアを用いた広告) がいかにユーザを見ていないかを露呈しているかのような逆効果もあって、正直がっかり。

個人的な考えでは、広告とは「広告の掲載主の利益を生むために、対象となる人々に意図した行動を取らせようとするあらゆる活動」を差すものだとと理解している。その意味で、たとえば「ミクシィ年賀状」なんかはユーザに年賀状を出すという行為を促進させる効果があったわけで、ツールとして価値があったという評価は正しい。ただ、ミクシィ年賀状というツールそのものを広告と呼んでいいのかという点は、この本を読んでもさっぱり分からなかった。書では例として、ミクシィ年賀状の効果は年賀状発行枚数の増加に現れた、だからこれは広告の一形態だ、というような主張をされているが、これが広告というのであれば、広告を依頼する主体はあくまで日本郵政であるべきで、それがこの本には一切書かれていない。何となくミクシィとかその辺の団体が「こういう仕組みを作ってマージンとれれば儲かるんじゃない?」というような発想で始めたサービスであるだけで、そこに日本郵政の積極的な参画があったようには読めなかった。だとすれば、ミクシィ年賀状には広告としての効果はなかったんじゃないか、参画していない第三者に利益を与えることが広告といえるのかという点については疑問が残る。

あまり予断を下してはいけないんだろうけど、何となく、いままでテレビの世界にいてネット上での動きに詳しくなかった人が、いきなりネットを扱うことになって、次々と目にする新しいものに飛びついてはしゃいでいるだけのようにも見えてしまった。

正直あまり得るものはなかったかな。残念ながら。

架神恭介+辰巳一世: よいこの君主論



16世紀にイタリア人のマキャベリが書いた「君主論」という本を現代風にアレンジしつつ、具体的に小学校のクラスに適用するという試みを用いて解説した本。

君主論は、君主としてのし上がっていくものとしての心得をマキャベリなりにまとめた本であり、愚民を束ねつつもいかに臣下の心をつかみ、有用な部下を活用していくかという点がまとめられている。マキャベリについてはなんとなく聞いたことがあるという程度 (どちらかというとマキャベリアンという種牡馬の方が印象が強いか。。) だったけど、こういう本を書いた人だと言うことは知らなかった。

そして何より、君主論を小学校のクラスにおける覇権争いに適用するという手法がとてもおもしろい。はっきり言ってここで示された事例はギャグというかネタの域を出ないものではあるし、ある意味で非現実的な設定ではあるものの、よくよく考えてみるとどんなコミュニティにも力関係というものは必ず存在し、そこでは君主論で描かれた手法が意識するしないに関わらず適用されているのではないかという気がする。その意味で、世知辛い世の中を渡っていくためにこの本で書かれている考え方というのは知っておいて損はないだろう。

かなり笑えて、それなりにお役立ち度も高いし、とても面白かった。

# 個人的にはまあやちゃんの非道さがかなりいい味出していると思う。。。

村上春樹: スプートニクの恋人



ちょっと前だけど、以前から読みたいと思っていた作品。

形式的には、後輩であるすみれに叶わぬ恋をしている「ぼく」と、すみれの憧れるミュウの間の恋愛模様を描いた作品ということができるが、それぞれの抱えている微妙な心のゆがみとか、ぼくがすみれに対して抱いているとてもピュアな感情などはいかにも村上春樹らしい作品だったと言えるし、非常に清々しい作品だったとも言える。

ただ、自分はこの結末はちょっと村上春樹っぽくない気がする (もうちょっと刹那的な世界で終わるのかと思った) し、その意味で想像を裏切られた感があってちょっと残念。

まあでもトータルでの面白さは際立っていたと思う。

村上作品の中でも難解度は少ないし、すらっと頭に入っていくので初心者にもお勧め。

田渕直也: 確率論的思考



タイトルだけ見ると、確率論を駆使した数学的に難解な内容のようにも読めるけど、どちらかというとビジネス書に近い。

世の中のすべての現象には不確実性が伴う。たとえば明日の天気が晴れなのか雨なのかと言うことにしても100%当てることは不可能であり、人間はこのような不確実な世界の中で決断を下しながら生きていく必要がある。こうした中で我々はつい結果論で物事を考えてしまいがちで、いい結果が出ればやり方もよかったのだろうと勘違いしがちであるが、結果というのは偶然に左右されるものであり、その原則を忘れると手痛い失敗をしかねないという警鐘を鳴らしている。

そうした不確実性を定量的に扱ったのが確率論であり、たとえば大数の法則や中心極限定理に代表される数学的に重要な性質を理解することは、不確実な世の中で間違った決断を下さないためには重要なことである。自分は大学で確率モデリングを専攻していたこともあって、こうした考え方や背景にある数学的理論には親近感も感じるところではあるが、そうした難しい話は抜きにしても、そこから得られる結果だけを知っておくだけでも人生にとって大いに役立つだろう。

この本では、歴史上の事例やビジネスの世界における事例なども豊富に取り上げながら、不確実性をうまく扱うことこそが成功への近道であるという主張を繰り広げている。重要なのは、

- 歴史的に成功を収めているのは、ばくち打ちのような判断の仕方ではなく、失敗する可能性を最大限排除するという判断の仕方ができる人間である。

- いくら準備をしても不確実性をゼロにすることはできない。不測の事態に備えて、常に多様性を用意しておくべきである。

といったところだろうか。これはビジネスを進める上でも、また個人として生きる上でも忘れてはならない原理原則の1つだろう。

ともすると人は派手な成功に目を奪われがちで、そのようなぱっと見「勝ち組」と見える人のやり方を模倣しがちではあるが、それが必ずしもいいやり方という訳ではないだろうし、模倣するにしても自分が本当に求めるものが何かを見極めてあげなければならないだろう。

数学的な難しい話がほとんど出てこないのにも関わらずこれだけわかりやすく書かれているというのは、筆者が数学の専門家ではなく、銀行で実務を担当していた中で触れた知識に基づいて話をしているからだろう。筆者の知識の量にも圧倒されるし、理系文系問わず読んで損はない本だと思う。

# 途中で数字の計算が間違っていたりするのはご愛敬かな。

John D. Barrow: 数学でわかる100のこと



イギリスの物理学者である Barrow 氏が、普段の身の回りの事象を数学的にとらえるとどうなるかというテーマで書いた短いエッセイを100本集めた本。

日常生活で起こりえるちょっとしたことを数学的に考えるというのは、根っからの理系人間である自分にとってはどちらかというと当たり前にやっていることではあるけれど、おそらく世の中の大多数のみなさんからすれば奇異の目で捕らえられていることだろう。確かにいちいち数字でものを考えて、どうすれば最適化できるかとか考えながら生活するのはある意味で窮屈ではあるが、しかしこういう考え方をすることで論理的思考力を養うこともできるし、結果的に損をしない decision を下すのにも役立つだろう。最近よく言われているフェルミ推定ができるかというのも、日頃いかにこうした思考をしているかという点が重要になっている気もする。そうした思考パターンをちょっと垣間見てみたいという人には、この本は大変参考になるだろうと思われる。

たとえばこの本の副題にもなっている「いつも隣の列のほうが早く進むわけ」なんていうのは、おそらくほとんどの人が体感的に感じていることだろうけど、ちょっと数学的に (というか算数レベルだけど) 考えるとそのからくりが何となく分かってくるし、ちょっとだけもやもやが解消される。

この本で書かれている話は、著者の Barrow 氏の主張が本当に正しいのかをきちんと考えながら読まないと面白みがないわけで、読み切るのに偉い時間がかかってしまった。途中ちょっと飽きてきてつらいところもあったけど、読み終えた感想としてはなかなか面白かった。

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