東野圭吾: 時生



うちに何故か東野圭吾の未読の本が大量にあるので、これからしばらくは東野圭吾強化月間とすることにした。

で、まずはこの作品。

先天性の病気を持ち早世した時生。死ぬ瞬間に20年以上前にタイムスリップして当時23歳だった父親の拓実と出会うが、当時の拓実は全くのダメ男。ついに愛想を尽かして逃げられてしまった彼女。千鶴を追って2人で大阪へ向かうが、千鶴の抱えるトラブルに拓実と時生も巻き込まれてしまう。そのトラブルを解決していく過程の中でやがて拓実が人生にとって大事なものを見つけて更正していく、といったストーリー。

東野圭吾らしくないというか、非常に感動的なストーリー。特に最後に拓実が名古屋に立ち寄るシーンは涙なくしては語れない。緻密なトリックとかは全然出てこないが、それでも東野圭吾らしい伏線が随所に散りばめられていて読んでいて飽きることがない。500ページ強もあるちょっと重めの本だったけど、実質3日ぐらいで読破することができた。

街の様子とか、名古屋や大阪での再開のシーンとか、相変わらず細かい描写がうまいので、光景が目に浮かんでくるようだった。お涙頂戴的な要素もあるので、ドラマにしたら視聴率取れそうな感じ。

1発目からなかなか幸先のいいスタート。続きの本も面白いといいなぁ。

関裕二: 藤原氏の正体



「藤原氏」とは、日本人ならみなが知っている平安時代に活躍した貴族の家系。藤原道長・頼通に代表される摂関政治が有名であるが、奈良・平安を通じて時代の中心だった藤原氏について研究し、そのルーツについての仮説を立てたノンフィクション。

藤原氏の始祖と言えば何と言っても藤原 (中臣) 鎌足。中大兄皇子と起こした乙巳の変により大化の改新を成し遂げたことで有名だが、実は中臣鎌足自身の出自については分からないことが多いらしい。そこで氏は実は中臣鎌足は当時の百済の王で白村江の戦い以降行方が分からなくなった豊璋であったという説を展開している。そして、豪族の出ではないという出自を巧妙に隠蔽するために息子・藤原不比等が書かせたのが日本書紀であるとしている。こうした論調が現代の考古学上でどれだけ認められているのかは分からないが、少なくとも関氏が挙げている根拠にはいちいち納得できるものがあるし、非常に斬新なアイディアだと思う。

また、本の後半ではその後藤原氏が数々の政争に打ち勝って頂点に上り詰めるまでの過程について考察している。特に藤原氏は他の貴族らとうまくやっていこうとする気はさらさらなく、とにかく自分たちの家系に富と権力を集中させ、対抗勢力を策謀によってけ落としながら繁栄してきたとして、その姿勢を糾弾している。確かにこうしたやり口はほめられたものではないが、この時代は甘いことを言っていては乗り切れる時代ではなかっただろうと思うし、食うか食われるかという状況を乗り切るにはやむを得なかった部分もあるのではないだろうかと思う。菅原道真に代表される藤原氏に追い落とされた被害者にしても、結局は政治的な駆け引きに強くなかったと言うことなんだろうし。それと、こうした1000年も前の藤原氏の姿勢を持ち出して現代にも適用しようとする氏の主張は、正直行き過ぎな気もした。

とはいえ、藤原氏を中心に描くことで奈良・平安前中期の史実をわかりやすくまとまっているので、時代背景を理解するのには大変役立った。この時代については普段あまり時代劇なんかでも演じられることがないので知識が乏しかったが、さすがにいろいろあったんだなぁ、と大変勉強になった。

余談だが、ここに歴史ノンフィクションもののレビューを書くのはもしかしたら初めてかも知れない。が、小さい頃は考古学者になりたかったぐらいで歴史物には非常に興味がある。歴史的な記述を目にして古代に思いを馳せるという考古学の醍醐味を改めて味わった気がする。またいい本があれば読みたいと思う。

# しかしこの本は読破に時間がかかった。。。

枡野浩一: 石川くん



歌人である枡野浩一氏が、石川啄木の作品集「一握の砂」に収録されている短歌の中からピックアップして解説するとともに、文語と口語の混ざった啄木の短歌を現代語版に書き直して披露している本。

自分は石川啄木というと教科書レベルの知識しかないが、たとえば

 はたらけど
 はたらけど猶わが生活楽にならざり
 ぢつと手を見る

に代表されるように清貧の人というイメージがあった。

が、この本を読んでそんなイメージは完全に吹き飛んでしまった。

とにかく啄木という人は我慢が出来ない人だったようだ。自分の能力を過信し、人と折り合いが付かなくなるとすぐに逃げ出してしまう。確かに才能があったからこそ、金田一京助や与謝野鉄幹らも支援してくれたんだろうけど、その好意に甘えまくっている。しかも金も全くなく妻子がいるというのに遊郭で遊びほうけている。「ぢつと手を見る」ほど働いてないじゃん!と思わず突っ込まずにはいられない。

そんな啄木を「石川くん」と呼んで、ちゃかして馬鹿にしたような解説を載せているのがこの本の特徴といえる。もともと「ほぼ日」で連載していたものを単行本化したということのようなので、その分キャッチーでくだけた文章になっているんだろう。

石川啄木の今まで知らなかった面を知ることが出来てとても有意義だったが、いくらパロディーとはいえ、正直ちょっとふざけ過ぎな点は残念だった。特に啄木ではなく岩手県民全体をばかにしているような書き方は如何なものかと思うし、最後の数ページは啄木の顔に落書きしているのだけど、これもいくら啄木の人間性が優れないとはいえ、やりすぎだし死者に対する冒涜だろう。啄木の人間性云々を問う前に、まず枡野氏自身が読者の心をおもんばかる必要があるのではないだろうか。

よしもとばなな: イルカ



続けざまに書評を。ちょうど今日読み終わったのがこの本。

親元を離れ一人で暮らしている女性が主人公。小さい頃に負った心の傷を抱え、過敏な心を持ちつつも自分の殻を持っている主人公というのはよしもとばななの作品に共通する姿かな (ま、十把一絡げにするのはあまりにも乱暴だけど)。恋愛においても妙にさめた感じで本気になれないし、傷つくことをおそれすぎている主人公だけれど、五郎の人間性とかその後の展開によってちょっとずつあるがままの姿を受け入れられるようになるという前向きな感じはとても良いと思う。

これまで読んだ作品に比べるとちょっとインパクトが弱い気もするけど、よしもとばなな自身が妊娠していたときの感覚を書いたというのがとてもよく現れている本だと思う。

角田光代: さがしもの



角田光代の短編集。

主人公とその身近にある本が織りなすドラマというのがこの本のテーマとなっている。運命の本との出会い、呪いの本(?)の存在によって不幸になっていく女性、絶版になった本を探す話など、かなりバリエーションに富んでいるが、いずれも話の中心には「本」がある。女性が主人公となる話がほとんどなんだけど、例によって角田さんの描く女性というのは非常に写実的で、それでいて繊細な感じがしてとても良い。角田さん自身読書がとても好きだというのが伝わってくるのも、とても好感が持てる。

作品中で「読書のいいところというのは、ページをめくるだけでどんな世界へも瞬時に飛んでいけるところにある」というような話が出てくるんだけど、まさに同感。これは視覚に頼った芸術作品では味わえない感覚で、この独特の心地よさがあるからこそ読書を続けているというのは自分も一緒。テレビドラマや映画などもいいけど、やっぱりこういう感覚も大事にしなきゃいけないんじゃないかなぁ、と思う。

とても面白かったのだが、残念なことに、この本、ブックカバーごと紛失してしまった、、、。特にブックカバーは1年半ほど愛用してかなりお気に入りだっただけに、すごいショック。。。また新しいの買わないとなぁ、、、。

calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< March 2010 >>
表示しているエントリー
コメントリスト