井上理: 任天堂 “驚き”を生む方程式



ニンテンドーDS や Wii のヒットについて今更解説する必要もないだろうが、とにかくゲーム業界においては任天堂のひとり勝ち状態が続いている。なぜ任天堂はここまで売れる商品が作れるようになったのか、中興の祖である山内溥氏、跡を継いだ岩田現社長、そしてゲーム作りの天才とも言うべき宮本氏のキーパーソンの功績や考え方を紹介するとともに、任天堂が任天堂たるゆえんについて解説した本。

任天堂のすごいところは、娯楽産業の本質を正しく理解していると言うところにつきるだろう。娯楽というのは必ずしも日常に必要不可欠なものではないので、ちょっとしたことでユーザがすぐそっぽを向いてしまう。そうならないように細かいところに気を遣うとともに、ユーザに飽きられないように常に新しい試みを取り入れるというのは、他の企業が真似しようとしてもなかなか出来ないことだろう。

任天堂といえば、ソニーやマイクロソフトが高機能マシンに走った際に、我関せずという感じでどちらかというとローテクに終始したにもかかわらず、結果的に圧勝を納めた姿が何とも印象的だ。しかしそんな成功の裏には、ニンテンドー64やゲームキューブにおける大失敗があり、そこで学んだことを生かせたからこそ現在の隆盛があるわけで、決して一朝一夕で成し遂げられたものではないというのがよく分かる。

事実の羅列になっているのであまり読み応えはないけど、任天堂という会社の歴史としてみるといろいろと興味深い転もあって、勉強になった。



道尾秀介: 向日葵の咲かない夏



1ヶ月ほど前に王様のブランチで特集されていて初めて知ったのが、この本の作者の道尾秀介。本屋に行っても平積みでおかれているので、それなりに売れているんだろう。ということで興味を持ったので読んでみた。

が、正直自分の好みの作品ではなかったかな。

ファンタジーすぎる作品はあまり好きではないのだが、いきなり登場人物のS君が蜘蛛に生まれ変わったりだとか、最後の最後で待ち受けるまさかのどんでん返しとか、あまりに現実的でなさすぎてかなりがっかり。妹のミカも3歳にしては明晰すぎると思ったが、まさかそういうオチだったとは、、、。

話の展開も二転三転どころか十転ぐらいするような感じで、読んでいて非常に疲れる。で、結局なんだったの?という感覚しか残らなかった。

好き嫌いがはっきり分かれる作品ではあると思うが、自分は申し訳ないけどこの人の作品をまた読みたいという気にはならなかったかな。

村上春樹: 1Q84



売り切れ続出するほど大ブームとなっているこの本。先週ようやく読み出し、先ほど読了。

いやー、面白かった。

舞台は1984年の日本。「ふかえり」という謎の少女が書いた小説を書き直して世に出そうとしている天吾という青年の話と、殺人に手を染める青豆という女性の話が交互に語られる。互いに独立した話として進む話だが、徐々に接点が明らかになっていき、またその過程の中で2人の主人公が大事なモノに気づいていく、というのがおおまかなあらすじ。

ファンタジーの形を借りながら現実を緻密に描写することで、村上さんならではの「愛」「性」「善悪」「人生」といったものを見事に表現している。独特の世界観がさらに洗練されたようにも思えるし、上下で1000ページを超えるボリュームながら実に無駄のない文章なので、読んでいても非常に心地よい。

まだちょっと余韻を自分の中でも整理できていないし、2度3度と読んでも違った発見がありそうなのでそれも楽しみ。いろいろと考えさせられる作品であるともいえる。

ちょっと今のブームは行き過ぎな気もしないし、世に出ている書評は軒並み大げさに書きすぎ泣きもしないでもないが、まあでも騒がれるだけのことはあると思う。実際、自分がこれまで読んだ村上作品の中では一番よかったように思う。

# さすがにもう本屋でも普通に入手可能になってきたな。

中川淳一郎: ウェブはバカと暇人のもの



ネット上のニュースサイトの編集者をやっているという著者が、その経験を元に日本のネット社会の現状を解説した本。

若干センセーショナルなタイトルではあるが、これ自体は「言い得て妙」だと思う。Web 2.0 だの双方向発信だのというキーワードがややもすると一人歩きしている感があるが、忙しい人というのはネット上であってもなかなか情報発信をする時間がとれないというのは確かだ (もちろん忙しい合間を縫ってがんばって時間をとっている人もたくさんいると思うが)。その意味で、有名人のブログへのコメントにせよ某巨大掲示板にせよ書き込みを繰り返したりしている人は時間にある程度余裕がある人だろうし、ヘビーユーザーともなれば「他にやることないの?」と思うぐらいの時間をネットで費やしていることだろう。そうしたユーザが盛り上がりを形成するというのがネットの本質であるということを忘れてはいけない、ということを筆者は忠告したいんだと思う。

また氏はこうした特性をふまえた上で、ネット上で販促活動をするための心得についても解説している。本来ネット上にはほとんどいないと思われる「リア充」(リアルな生活が充実している人を指す差別的用語らしい) をターゲットとした商品を売ろうとするのがナンセンスだというのは納得できる部分かな。また、「もうテレビの時代は終わった」などとする風潮もあるけれども、ネット上で流行っていることはたいていテレビの受け売りであり、逆にネットから実社会にまで波及したような "流行りモノ" は皆無だとする氏の主張は、目から鱗が落ちる思いだった。言われてみれば確かにそうで、実際この本で取り上げられている「ネットで流行ったモノ」についても正直知らないモノが多かったし、逆に芸能人の一挙手一投足なんかはネット上でもかなり話題になるわけで、いかに未だにテレビの影響が大きいかと言うことを如実に表していると思う。

多少筆者の愚痴と思われるような部分が気になったり、筆者の思想に偏りが見られる部分があるのが残念だけど、全体的に見て、さすがにプロだけあってよく考えているなぁ、という印象を受けた。

角田光代: ドラママチ



角田光代の短編集。

主人公はいずれも20代後半から30代の女性。共通するテーマは「何かを待っている女性が主人公」ということらしい。が、読んだ限りは別に待っていること自体は主眼ではないようにも思えてきた。人間誰しも閉塞感を感じることはあるし、その状況を誰かが変えてくれることを待ってしまうタイミングというのはあるだろう。だから待つことと言うのは特別なことではなくて、その裏にある、それぞれの話の主人公が抱えるバックグラウンドと、やるせない気持ちをうまく表現した作品であるというような説明の方が正しいように思う。

で、読んでて、途中から雰囲気がちょっと変わったなぁと思っていたら、後付の解説を読んで納得。この本は2003年から2005年に出されたようだが、どうも角田さんには2004年の終わりあたりから作風が変わったとする評価があるらしい。確かに「空中庭園」がどうにもやるせないエンディングを迎えたのに対し、「対岸の彼女」では一歩前に踏み出すような形で終わったいたが、こうした「終わり方」に関する感覚が非常に大きく変化したように思う。おそらく、角田さん自身に大きな心境の変化があったんだろうと思わずにはいられない。どちらかというと退廃的だった以前の作品もよかったけど、自分は一筋の明かりが見えるような最近の作品の方が好きかな。

まあまあ面白かったが、やはりこれは女性はもっと共感できるんだろうなぁと思う部分も多々あって、それが分からなかったという点ではちょっと残念だった。

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