宮部みゆき: 長い長い殺人



宮部みゆきの長編推理小説。

旦那の死により巨額の保険金を受け取った女。保険金殺人を狙って虎視眈々と手ぐすねを引く男。一連の殺人事件が関係者の「財布」の視点から語られるというちょっと変わった手法がとられている。人格を持たないモノに語らせることでいわゆる「俯瞰」した状態になるというのはたまに使われる手法であるが、モノの中でも持ち主と一番一緒にいる時間が長い財布を題材にしたというのは面白い発想だと思う。

また、徐々に進行する殺人と、最後までなかなか本当の動機が分からないという展開はとてもよい。犯人の冷静さという意味では東野圭吾の「白夜行」に近いものがあるし、また宮部の小説の中でいえば、犯人の動機やボロが出るところの描写なんかは「模倣犯」とも似通っている。

とにかく読みやすいし、どんどん続きが読みたくなる。こういう作風は相変わらず「さすが宮部」という感じで、改めて感心した。

とても面白かった。

佐藤孝幸: ただいま授業中 内部統制がよく分かる講座



「日本版SOX法」や「内部統制」というキーワードが聞かれるようになってはや数年。うちの会社でもこうした動きに合わせたソリューションを提供しているので、ある程度知っているつもりになっていたが、たまたまお客様と内部統制の話になって実はほとんど理解していないと言うことを思い知らされた。ということで、客先から本屋に直行して入門書を購入。

「内部統制」とは、一言で言うと、不正が起きないようにするための社内でのルール作りと、そのルールを守らせるためにどれだけ会社が努力するかということになるだろう。特に、決めたルールに従業員がきちんと従うようにすることは今後取締役の責任として問われる (株主代表訴訟の訴求要因となり得る) だけに、ルール破りが起こらないような仕組み作りが重要となってくる。

この仕組みの1つの (そして最も効率的と思われる) 実現方法が IT を活用する方法。公務員の裏金作りの問題が報道されて久しいが、これらはすべてお金を人手で管理していたからこそ発生し得た問題だろう。お金の動きをすべて IT で管理して透明性を持たせた上で、職掌毎に必要な権限を割り当てる仕組みを作れば、不正が発生しづらい土壌作りが出来る。しかし、いくら IT でシステムを作っても作りが甘かったら元も子もない。このための基盤作りが「IT 全般統制」ということなんだろう。

内部統制の考え方自体は、本来は非上場の企業であってもある程度実装していなければならないと思うが、特に日本版 SOX 法でターゲットとなっているのは上場企業。実際、ビジネスの規模や費用の面から中小企業できっちりした内部統制システムを実装することはほぼ不可能だろう。また、いくらシステムを作っても経営者や現場に従う意志がなければ全く用をなさない。中小企業・零細企業では得てして食品偽装のような問題が起こりがちではあるが、こうした企業でもある程度内部統制に準じた仕組みは必要だと思うし、そのための枠組みも今後必要になってくるのではないか、と思う。

入門書としてはとてもいい出来だったので、これから勉強してみたいという人にはお勧め。

野口吉昭: コンサルタントの「質問力」



コンサルタントがクライアントから情報を引き出すために必要な「質問力」をつけるにはどうしたらいいか、という内容の本。

野口さんの説によれば、質問力は「仮説力」「本質力」「シナリオ力」のそれぞれを磨くことによって向上するということのようだ。このスキームは非常に理解できるのだが、じゃあおのおのの力をつけるにはどうしたらいいかと言うところが、率直に言って通り一遍のことしか言っていないような気がして、あまり具体的に新しい考え方とかを得ることが出来なかったかな。「こうしたらいい」というやり方も、一般的に使われている手法が中心だし、それがどう仮説力に影響するのかとか、いまいち説得力がない。「これってほんとに仮説力?」という要素が書かれていたりとか、表面的な感じは否めなかった。

ま、しかしこうした手法を一般的と思ってしまうのは、よくよく考えてみると会社で受けさせてもらっているトレーニングでよく出てくる手法だからだということに、この本を読み終わった当たりで気づいた。手法というのは実践して初めて身に付くものであり、その手段としてトレーニングというのは本を読むよりも効率的だと思っている。その意味では、希望すればちゃんとトレーニングを受けさせてくれる今の会社は恵まれているのかも、と思ったりもした。

マッテオ・モッテルリーニ: 経済は感情で動く (泉典子・訳)



最近出てきた「行動経済学」と呼ばれる分野について、そのベースとなる概念をわかりやすく解説した本。

これまでの経済学というのは、人を完全なる合理的思考回路の塊としてモデル化しているが、現実の人間には感情があり、経済的な判断に必ず恣意的な要素が含まれるはず。その原理を解き明かし、経済モデリングの一助としようというのが、この「行動経済学」であると理解した。

入門書という位置づけであるせいか、「経済学」的な話題よりはむしろ「行動学」、もっというと心理学や神経科学のような話題に終始していたのはちょっと残念だった。

とはいえ、豊富な例で人間が陥りやすい罠を解説してくれていたり、人間がいつも合理的な判断を下しているわけではないと言うことを理解するにはよい本だと思う。

# しかし、こうした学術本の訳本はほんとに読むのが大変だ。。。

与謝野馨: 堂々たる政治



自民党の衆議院議員・与謝野馨さんが自分の考えや反省について綴った本。

与謝野さんというのは、自民党の中でも好きな政治家の1人。人気取りで自分が目立とうとするのではなく、大事なことを真剣に伝えようとしている感じが官房長官の時にも出ていたし、金融・経済関連に強いこういう人にもっと頑張ってもらいたいと常々思っている。

この本に書かれているのは、政治家というのは国の行く末を真剣に考えて、周りに迎合することなく正しい判断を下すのが仕事であるという、与謝野さんの政治に対する姿勢が中心。とにかく今の政治は、表面的に国民受けするような政策 (というか選挙対策) ばかりが横行して、本当に必要なものが議論されないという異常事態に陥っていると思っている。完全に「衆愚政治」といってもいいだろう。そんな状況において、きちんと正しいことを見極めて決断を下すのは非常に大変なことであるが、政治家でしかも国を動かそうと言う人はそれなりの資質を持っていて欲しいと思う。与謝野さんにそれができるのかは分からないけど、少なくともそういう心構えで普段から仕事をしているんだなぁと言うのは十分に伝わった。

与謝野さんの主張で「市場原理主義」という言葉が出てくるのだが、これは自分も共感できる部分。何でもかんでも資本主義、経済主義というのでは、世の中は成り立たない。そもそも人民の政治を豊かにするはずの経済活動が、結果として人民を圧迫しているのではないかというのはここ数年思ってきたこと。会社は株主のためにあるというが、実際に働く人間がいなければ会社が成り立たないわけで、ここを無視した経済活動というのは本来あり得ないはず。昨今問題になっている原油価格の高騰も、原油先物取引市場への資金の流入過多が一因となっているようだし (影響は少ないと言われてはいるが)、現実の生活を無視した過度の市場優先主義はむしろ害ですらないと思う。

まとめとして、与謝野さんは消費税の引き上げが必要不可欠であるということを言っているが、これもある程度納得できる。今の日本の財政というのはちょっと無駄を削減するぐらいでは焼け石に水の状態になっている。それは奇しくも今日、大阪の橋下府知事が発表した歳出削減策で、出来る限り無駄を減らしたにもかかわらず結果的に府債の発行をせざるを得なかったことからも明らかだろう。公務員を減らすとか、公共工事を減らすとか、確かに無駄を減らす方策はたくさんあるだろうが、それが抜本的な対策にはならない。将来にツケを回さず、今の段階で手を打つには結局は税収を上げなければならないのは仕方ないところだろう。残念ながら消費税の引き上げによる消費の冷え込みと、それによる税収の低下の影響について書かれてはいないが、これはこれでやむを得ない政策であるというのは疑いの余地のないことだろう。

安倍さんの本の熱さとか、麻生さんの本の奔放さと比べるとパンチがないような気もするけど、真面目度合いではこの本が一番かも知れないな。

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