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読もう!「社会新報」「月刊社会民主」

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 社会民主党の機関紙『社会新報』は、国会の動きや党の主張・運動を分かりやすく解説するとともに、地方組織の活動や、多くの市民運動の動きについても紹介しております。また、読者のニーズに応えるために女性、環境、医療、芸能、スポーツなど幅広い内容の記事を掲載しています。
 最終面(社会面)はジャーナリスト田中 稔さんを始め豊富なライター陣による特集やインタビュー記事。スクープ続出です。たかはしまさるさんの4コマまんが「どとうの父さん」はゆるーく良い味を出しています。『社会新報』を読めば社民党のすべてと党を取り巻くさまざまな動きがひと目でわかります。ぜひ、この機会に『社会新報』を定期購読していただきますよう、お願い申しあげます。

発行概要
週間/毎週水曜日発行
タブロイド判12ページ
購読料 1ヶ月700円(送料160円)

読みやすいタブロイド判、12ページの中に充実記事が満載です。



『月刊社会民主』


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総合誌『月刊社会民主』は、その時々の状況をとらえた特集や好評連載満載で、読者急増中!

タイムリーな特集をはじめ、社民主義についての理論・議論や国内外の政治・社会・文化・運動を幅広く、しかもきめ細かくフォロー。福島みずほ党首の対談「いま会いたい、いま話をしたい」やジャーナリストの大谷昭宏さんの「気ままにひとこと」、評論家の佐高信さんの「筆頭両断日記」などを好評連載中です。

B5判/月刊(毎月1日発行)
購読料 1冊630円(送料76円)



ご購読を希望される方は、必要事項をご記入の上、こちらのフォームからお申し込み下さい。折り返し連絡いたします。

弱者に優しい消費税へ~G8先進国で均一10%以上は皆無~

 社民党は5月8日、政策審議会全体会において、「弱者に優しい消費税へ」と題して公認システム監査人の田淵隆明さんから話をうかがった。
 田淵さんは「欧州に比べ日本の消費税率は低いという増税容認派の発言がマスコミを通して主張されるが、実態と異なる。付加価値税率20%の英国でも、食料品・医薬品は非課税、生活必需品は5%の軽減税率だ。G8で均一税率で10%以上の国は皆無。しかも日本は、コメやパンに課税するくせに、土地と株券の売買には非課税。金持ち優遇だ」と指摘。
 また、「東ローマ帝国にはじまる包括的間接税の本来の趣旨は、所得再分配と弱者保護にある」と訴えた。

 44枚のスライドからなる当日の配布資料も掲載します。特に簿記会計・原価計算の知識をお持ちの方からのご意見を歓迎いたします。当日の配付資料

(なお,このページは社会民主党オフィシャルウェブサイトの「政策」コーナーより転載しました)

2011年札幌市議選候補予定者の変更について

社民党札幌支部連合は、10月25日第5回常任幹事会・第2回支部代表者会議において、当面する2011年自治体選挙に向けて、浅野たかおの擁立予定を取り止め、本田ゆみの擁立予定選挙区を変更し札幌市議選・北区候補予定者として決定しました。

■札幌市北区 本田ゆみ

本田ゆみ(ほんだ・ゆみ)
http://hondayumi.littlestar.jp/
1978 年北海道網走市生まれ。1997年北海道立網走南ヶ丘高校卒業。2005年まで団体職員。札幌へ転居してアルバイト、日雇い、契約社員を3年間。2006 年北海道造形デザイン専門学校卒業。「自由と生存の連帯メーデーin札幌」実行委員、洞爺湖サミット「国際交流インフォセンター/キャンプ」事務局長などを務める。2009年社民党北海道連合第2区総支部代表、現在に至る

社民党北海道ウエブサイトが携帯電話からでも閲覧できます

社民党北海道連合ウエブサイトが携帯電話からでも閲覧できます
URLはパソコンと同じです.検索サイトからは「社民党北海道」で検索してください.
http://park3.wakwak.com/~sdp.hokkaido/cgi-bin/news/diary.cgi

QRコードからもどうぞ
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「がんばれ社民党北海道の会」にご参加ください!

「がんばれ社民党北海道の会」にご参加ください!

いま社民党は、政権与党で、世界に誇れる平和憲法を護り活かすこと、米軍基地を縮小・撤去すること、人類と共存できない「核」(原子力発電も含む)を拡大させないことをめざし、「生活再建」「いのちを大切にする政治」に取り組んでいます。皆様の参加を心から歓迎いたします。

社民党がめざす社会(社民党宣言より)

 社民党は、「平和・自由・平等・共生」の社会民主主義の理念を基本としています。不戦・戦力の不保持、交戦権の放棄を明確にした日本国憲法9条、前文の「平和的生存権」、すべての国民が健康で文化的な生活をおくることを保障した憲法25条、個人の尊厳を最大限尊重する憲法13条など、平和主義・国民主権・基本的人権の尊重を理念とした日本国憲法が隅々まで活かされた平和で共に生きられる社会を目指しています。

「がんばれ社民党」の生い立ち

 社民党から分裂して民主党が結成され、それまでの支持基盤であった労働組合などが離れていく中で、長いあいだ支持協力関係を維持してきた労働組合関係者と党OB/G、友誼団体、学者文化人などが呼びかけ人となり「応援団」が結成されました。全国各地に発展し、現在は47都道府県に組織があります。社民党を支持支援する多くの階層の方が参加しています。

北海道の生い立ちと活動

 全国の呼びかけに呼応し、いち早く2001年5月20日に党員や労働組合のOB.G、支持者の有志が参画し、結成されています。主な活動は、社会新報の購読や、社会新報号外配布、国政選挙と自治体選挙で知友人紹介活動、電話点検など社民党を側面的に支え、支持の裾野を広げる活動を、それぞれの置かれている条件応じて取り組んでいただきました。

あなたも社民党の「応援団」になりませんか

社民党を支援支持していただける方は、どなたでも参加できます。行動を強制するものではありません。社民党の応援団・後援会員として登録するものです。構成員の皆さんには社民党の情報・宣伝物を送付し共有化を図ります。組織機構は「会則」を参照してください。

連絡先
社民党北海道連合内「がんばれ社民党北海道の会」
電話 011-708-0667 FAX 011-708-0669

全国連合で浅野隆雄が公認決定

社民党全国連合常任幹事会は3月18日、次の第22回参院選比例代表の予定候補者として、北海道連合幹事長の浅野隆雄を擁立することを決定しました。

▼社民党予定候補者紹介(全国連合)
http://www5.sdp.or.jp/election/election_council_10.htm

政策実現サポートチーム

社民党北海道政策実現サポートチーム設置要綱

2009年11月

1.目的
連立与党となった社民党の存在意義を、ひろく道内の各団体、各層に認識してもらうとともに、現場からの声を党に届、政策実現を地方からも促すためにサポートチームを立ち上げることとする

2.構成
山口たか、本田ゆみ、他、党の内外から数名。プラスα-課題ごとに現場の方、学者の参加、アドヴァイザーとして要請する(顧問 山内代表、浅野幹事長)

3.テーマ
当面、福島党首が所管する、消費者行政、少子化問題、男女共同参画、自殺対策が中心となるが、辻元国土交通相副大臣、保坂展人総務省顧問の所管する課題にも対応していく。保坂顧問が事務局長を担う「公共事業チェック議員の会」の活動も支援していく

4、方法
(1)聞き取りと現地調査

    • 消費者行政=行政、消費者団体、農業者、漁業者、製造業、サービス業など
    • 少子化問題=行政、公立保育園、私立保育園、保育士、子育て中の親、NPO教育委員会、教師、障がい児団体、医師など
    • 男女共同参画=行政、DV問題にとりくむ市民グループ、企業のセクハラ・パワハラ担当部署、労働問題に取り組む学者、組合、弁護士
    • 自殺=行政、警察、民間団体(いのちの電話など)、NPOなど
    • 交通=バス事業者、タクシー事業者、JR関連、労働組合など
    • 観光=ホテル、旅館、労働組合、観光協会、NPO、観光客など
    • 公共事業=市民団体、環境NPO、建設業など

    以上へのヒヤリングとともに、サンルダムなど現地調査を行う

(2)とりまとめ
課題ごとに集約し、対案など提起できることをめざすとともに、参加、協力をいただいた個人、団体にフィードバックするために、党首を招いての集会などを行う

本田ゆみ


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社会民主党北海道第二区総支部代表
本田 ゆみ



 




プロフィール

1978年 北海道網走市生まれ(旧姓・伊藤由美)
1997年 北海道立網走南ヶ丘高校卒業
1997年 団体職員(北海道電気保安協会網走支部)
2005年 退職、札幌へ転居。2ヶ月間登録型派遣のアルバイト、その後、ほくでん情報テクノロジー株式会社に契約社員として勤める(2007年契約期間満了まで)。
2006年 北海道造形デザイン専門学校 グラフィックデザイン夜間コース卒業(1年間)
2007年 株式会社ほくでんサービスに契約社員として勤める。
2008年 退職。以降、アルバイトをいくつか。

     



立候補の決意

社民党 本田ゆみ

本田ゆみ、30歳です。2008年の2月に「福島みずほと船で行く『若者セミナー』に参加して、若くて溌剌とした自治体議員など社民党の新しい担い手と交流をし、正直に言って、新しい世代ががんばっている姿に驚き、身の引き締まる思いと活力を与えてもらいました。9月からは衆議院選北海道比例区候補予定者の山口たか後援会のスタッフとして、社民党や支援する人たちの国政を変えたいという熱い思いに触れました。私は、このたび、北海道第2選挙区に立候補する大胆な決意をいたしました。

1.いま、国会に社民党の議席を増やすことがどうしても必要です

 山口たか後援会のスタッフになる以前は、自分が政党活動に関わることや、ましてや選挙に立候補しようという大それたことは、考えてもいませんでした。社民党の活動に関わりはじめてからの期間は短いですが、その間に、さまざまな立場の人たちが社民党を支え、信念を持ってがんばっている姿を間近に見てきました。

 なぜ、私利私欲を顧みずに社民党でがんばり続ける人たちがいるのだろう?
「本当に働く人の身になってくれるのは社民党だった」
「人に上なし、人に下なし、人間はみな平等だという当たり前のことを言い続けられるのは社民党」
「社民党は憲法9条にある戦争放棄を貫き、海外派兵に反対する理念を崩さない」
「女性を応援しているのは社民党」
「原子力発電等、あらゆる核の利用に反対しているのは社民党」
そのような声を聞き、自分でも社民党の主張や政策を他政党と比較して考えた結果、いま私が支持できる政党は社民党しかないと確信するようになりました。さらに、「山口たかさんが国会議員になったら政治は変わる!ぜひとも絶対に国会議員になってほしい!」と以前から思っていましたので、社民党のみなさんと共に私も精一杯の努力しようと決意しました。私たちの未来や今の暮らしを脅かす法律が、国会で次々と可決されるのを続けざまに見て、悔しい思いをしてきました。社民党なら信頼できます。国会に社民党の議席を増やすことはどうしても必要だと強く思います。

2.立候補にうって出ることができる理由

 山口たかさん・社民党を支持することと、自分が立候補することの間には、また一つ、とてつもなく高い壁があります。私は政治や選挙活動の経験がほとんどありませんし、人より秀でた素質や能力を持っているわけでもなく、むしろ弱さやダメなところが多いです。「私は候補者としてふさわしいのだろうか……?」どんなに自分の強みや長所を集めても、それでふさわしいと言い切るまでには至りません。けれども、政治は一人の優秀な指導者が独断でおこなうわけではなくて、みんなの声を聞き、みんなで考え、みんなで支えあって作っていくのだと、社民党や私がこれまで関わってきた活動を通して教わってきました。ですから、自分が候補者になることに驚きながらも、「わたしの出番!? そう言ってもらえるのなら、とことんがんばりましょう!」が心の中の第一声でした。その上で、自分ならではの主張は何か、私のこれまでの経歴を述べながら、お伝えできればと思います。

3.これまでの経歴

 私は、北海道網走市で生まれました。小学生の時に両親が離婚しましたが、母がパートをかけもちして働き、高校まで卒業させてもらいました。高校卒業後は地元で団体事務職員として勤め、その間に結婚と離婚を経験しました。子どもはいません。もっと勉強をしたいという思いが強くなり、網走で働き続けながら、通信制の大学や事務関連資格の勉強も始めました。試験を受けたり、趣味の美術館巡りをしたりするために札幌を訪れることもしばしばで、2005年(26歳のとき)に仕事を辞め、アルバイトを増やしてお金をためて、札幌に転居してまいりました。

札幌では、夜間制の専門学校でグラフィックデザインを学びながら、日中は大手関連企業で契約社員として事務の仕事をしました。市民向けの講座を受講したのがきっかけで、さまざまな社会問題を知ってNPOや市民活動にも興味を持つようになり、仕事帰りや休日にボランティアとして関わることが多くなりました。チラシなどのデザインや、社会問題を提起しつつ楽しくやれそうなイベント・映画上映会などの企画運営の経験をいたしました。

4.社会を変えるのは、わたしたちです

 市民運動に取り組んでいる人たちと出会い、一緒に活動して学び、話し合ううちに、「平和・人権・環境・開発・ジェンダー・共生・グローバリゼーション・労働」など、それまで自分の生活とは関わりのない大所高所の問題と思っていたことを、自分の身にひきつけて一から考えるようになりました。「いやな世の中だけど仕方がないのだ」「人並みに生きていくためにはこうするしかないのだ」と思っていたことを、問い直すようになりました。そのような流れで、昨年「山口たかサポーターズ」に誘っていただいたことが、社民党と関わるようになったきっかけです。

 社会問題や政治への意識が芽生えてくると、同時に怒りがわいてきました。格差や貧困が政策によって作り出され拡大されている、知らず知らずのうちに戦争や力のある者による支配のシステムに協力させられている、お金や学歴や地位が無いことがみじめだと思わされている、上から決められたことに従って仲間内で競い合わないと生きていけないと思わされている、私たちが「美しい」「豊かだ」「幸せだ」と感じる価値観までも上から横から日常的に方向づけられている・・・…。これまでの自分の生き方は、そのように植えつけられた固定観念に基づいていて、価値観が狭められていたようで、怒ると共に哀しくもなり、もったいなかったとも思いました。私は「もう、たくさんだ」と思います。

 けれども、こんな世の中でも生きているのは私たち一人一人なのだから、変えていけるのも私たち一人一人だと気づいたことが、私が得た強みです。大きな流れや大きな力に打ち負かされそうになっても、人びとが繋がれば負けることはありません。2007年「フェアトレードフェスタinさっぽろ」実行委員会事務局、2008年は「自由と生存の連帯メーデーin札幌」実行委員や、北海道洞爺湖サミットに合わせた「国際交流インフォセンター/国際交流キャンプ札幌実行委員会」事務局などの活動をし、若い人たちを中心に世代や国境を超えてさまざまな人たちと協力して、新しい流れを作ってきました。その経験を共にした人たちの間に、「みんなが力を合わせれば成し遂げられる、世の中は変わる、今ここから変えていける」という、また新たな希望が生まれ続けています。

 諦めから希望へ。アメリカで発生した金融危機に見られるように、世界的な市場原理主義、新自由主義的なグローバリゼーションとして推進されたカジノ資本主義は、ぼろぼろと崩れていっています。今こそ政治の流れを大きく変える時です。社会保障を切り捨て、お年寄りを切り捨て、若者を切り捨て、障害のある人を切り捨て、地方を切り捨て、一生懸命はたらく人を切り捨て、民営化や規制緩和で公共サービスの質と量を低下させ、格差を拡大してきた構造「改革」路線とアメリカ追随型自民党政治を、今ここできっぱりと終わらせましょう。人を大切にする、いのちを大切にする政治に切り替えましょう。

誰もが生きやすく、のびのびと明るく、競い合い殺し合うのではなく助け合って生きていける政治をつくるために、皆様と共にがんばります。どうぞよろしくお願い申し上げます。
      

「社民党が、市民に必要とされるために」

(以下の文章は2008年6月『進歩と改革』№678に掲載されたものを加筆・訂正したものです)

「社民党が、市民に必要とされるために」

社民党北海道連合 副代表 山口たか

はじめに

昨年の参議院選挙から早くも、9ヶ月がすぎようとしている。社民党は現有3議席を維持できず、2議席にとどまった。自民党、公明党、共産党も議席を減らしたなかで、民主党が大躍進したのが07年参議院選の特筆すべき点である。では、これからの日本は、民主党中心の政治へ転換するのだろうか。衆議院では、与党335議席、野党が134議席、一方の参議院では野党が134議席、与党が105議席で 逆転となっている。この「ねじれ」といわれる状況にあって、社民党の存在自体が、問われている。

私は、7月参議選において、社民党全国比例区候補として立候補した。結果は、個人票11万票670票で、社民党内第3位、次点という結果であった。参議選をふりかえり、今の社民党に何が必要か、候補という立場からみえてきたことを記してみたい。

 はじめに、私の立候補の経過を記し、その総括として、今後の課題について考えていることのうち、二つのことを記してみようと思う。ぜひ、多くの方のご批判、ご助言をいただきたい。

 私が、社民党に入党したのは、06年9月であり、党歴はまだ2年未満である。学生時代は、ベトナム反戦運動、東大日大闘争を頂点とした学園闘争、70年安保闘争、やがて連合赤軍、あさま山荘事件と続く政治の季節であった。旧左翼に対する新左翼などとも称された全共闘だが、デモ、バリケード封鎖、街頭行動などの実力行動が、正しかったかと問われれば、今は、疑問に思う部分もなくはない。しかし、一方で、既成政党のなかには、学生運動を支援するのではなく、むしろそのエネルギーを、押さえ込もうとするようにしか見えない部分もあり、それ以来、組織=政党に信頼感をもてないまま過ぎた。将来自分が社民党にはいるなどということは微塵も考えになかった。したがって、結婚し、子どもを持ち、共同購入運動から反原発、脱原発へと関わるようになり、91年、札幌市議会議員選挙に出ることになっても、政党に入るという選択肢は私の辞書にはなかった。

3期務めさせていただいた市議会議員を辞めて、市民活動にもどりつつあった時、参議院選挙の話を社民党北海道連合からいただき、これまでの考えを180度転換し立候補を決めた。国政は遠いが、そこを変えねば、地域の変革も部分的なもので終わってしまうという思いは市議の時からあった。また、小泉政権発足以来、働く人の格差や、地方と中央の格差が拡大つづけるなかにあって、ワーキングプアーやネットカフェ難民は、自己責任ではない。政治、政策の結果であり、構造的な問題だとようやく分かり始めたところでもあった。愛国心や、改憲を掲げる安部晋三が総理になろうとしていることへの危機感もあった。

しかし、北海道においては2003年以来、社民党の国会議員の議席はなく、その存在自体が有権者から忘れられそうになっていた。政党に参加することに不安が全くなかったといえばウソになるかもしれないが、憲法の危機にあって、護憲や平和を最重要と考える私にとって選択肢は「社民党」しかないことも事実だった。

候補として、闘ってみて感じたことは、やはり選挙は、労働組合の活動家や元党員という方たちの力による部分が大きいという印象だ。全国比例の選挙だが、実際には、各地ごとに重点候補必勝への取り組みがされていた。それは当然であり、私は、北海道重点候補だから、全道各地へ出向いた。受け入れ地域での集会やあいさつまわりでは、党員、元国労、元全林野、元教職員組合、元自治労など、労働組合の活動家が中心であった。その方たちは、コアとなるメンバーではあり、本当にがんばってくれた。

しかし、さらにもう一回り外への広がりをつくることが不十分であったと思う。NPOや、福祉関係や、女性、人権など分野で活動している団体や農業者、漁業者、などへの働きかけが薄かったと思う。地域割りは、社民党内での組織割であり、私のような、組合出身でもなく、党員歴も浅い者にとっては、北海道と言う地域の、しかも組合、党員中心だけでは到底当選には及ばないことは自明であった。そこで、全国の市民運動の仲間や、所属するカトリック教会、有機農業・自然食関係のつながりを求めて全国を回ったり、ニュースレターを出すことにも力をいれた、その方たちは、ほとんど、政党とのつながりがない方たちであり、党の決めた重点候補という情報すら届かないところにいる人たちだ。しかし、それぞれの活動分野において、問題を抱えており、現状の政治で解決できないこと痛感している。そんな方たちへ、憲法9条はもちろん、信教の自由=政教分離も、自民党改憲案では、あいまいにされていることから、憲法20条が危ないということも訴えた。

全国何ヶ所かで、山口たかサポーターズという勝手連もでき、その故か、教会関係の方の支援や大阪などでは、小田実さんとのつながりのある市民運動の応援もいただいた。北海道ゆかりの全国比例女性候補が自民、公明、民主、共産と非常に多かったことも敗因のひとつではあるが、労働組合以外にどう広げられるかが、取り組まれるべき課題だったはずだ。(候補の資質や力量という問題を横において言えば)

今、メディアなどでは、自民党と民主党しか存在しないように見える。選択肢は二つしか示されていない。自民党はその役目を終え消え去る政党だと考えるが、では一方の民主党はどうか。年金問題や道路特定財源問題で、存在感を示しているが、重要な安全保障や、外交や、経済で、党のなかで政策的統一がされていない。いみじくも福田首相がぼやいたように、誰と話せばいいのですか!と。有権者は、憲法を守る民主党を選ぶのか、改憲をさけぶ民主党を選ぶのか。日米同盟を重視するという議員もいれば、アジア重視を叫ぶ議員もいる。生活が第一だというが、小澤代表の大連立構想や、国連決議を前提とする自衛隊の海外派兵恒久法の制定発言などを考えると、総選挙後の政界再編も予想される。一体どの顔が民主党なのかが、有権者にも見えない。自民党の支持率がジリ貧であるが、民主党の支持も伸びているわけではないことが各種の世論調査から伺える。浮遊する、無党派層の行き先はどこなのか。

私は、新自由主義に対して、共生や平和の理念を掲げる社民党の理念は、必要なものであるし、むしろ一層存在感が増していくべきはずだと考える。増大する非正規雇用や、切り下げられる労働条件など、働く者の権利が奪われ暮らしが脅かされているからこそ、社会民主主義が反撃しなければならない。しかし、今のままでは、社民党が、それらの人々を受けとめる党として公認されてはいないだろう。

すでに、先輩諸氏が様々媒体で議論し、提言もされているが、12月の社民党全国大会で壇上から質問したことと重複するが、新米党員の乏しい経験から、小さい提案をふたつほど述べたい。

ひとつは、今後、だれとどうパートナーシップを組むのかという問題である。どこに軸足を置く政党になるかといいかえてもいい。組合がいいとか悪いとかではなく、現実を直視するなら、北海道は、民主党の結成により、ほとんどすべての党員と組合と議員が民主党に移行した。当時、私は札幌市議会議員だったが、全員が民主党に移る中でたったひとりだけが社民党に残りがんばっていたのを記憶している。当事者ではなかったので、真剣に、党の解体や政治家の離合集散について考えたことはなかった。党員にとっては、人生を左右する苦しみの時期だったということには思いが及ばなかった。現在、労働組合は連合傘下にあり組織として社民党支持の労働組合は少ない。党員の多くは、職場のなかで、なんとか志を同じくする人々と連帯しようと模索し、苦闘している。しかし、元社会党員や社民党支持者のなかには、組織が民主党支持なので、影で応援すると言う人も多い。ということは、自分以外の他者に、語り、投票依頼することは難しいということだ。一人がもう一人二人に語りかけていくことで票を二倍にも三倍にも積み上げることが選挙で勝つことだと思うがそれができない。

 党大会では、又市幹事長(当時)は、当然働く人々こそがパートナーであり、それが、社民党の原点であると発言されたと記憶している。働く人の党という社民党の存在意義は、変わることはないとは思う。これからも労働組合とのつながりを探ったり、可能なかぎり共同行動を積み上げる努力は必要だ。しかし、一方で、多くが民主党支持であり、労働界でも民主党への一本化を進めようようとしている中、これらの組合が、今後、組織として社民党支持に変わることも考えにくい。 

 私は、ウイメンズユニオンの執行委員もしている。小さな女性のための労働組合であり、労働界では、無名の存在だが、私の数少ない推薦母体である。連合推薦の候補にもなることはほとんどありえないから、どこに根拠を置くのかといえば、やはり、市民運動の中に、組織すらもたない働く人々の中に、高齢者や障害者や女性や子ども、、、、「強い人、大きい人」ではない人々のなかにこそ存在意味があるのではないか、と私は考えている。働く人々が、まっとうに暮らせる社会にしなくてはならない。今、インディーズ系と言われる労働組合が全国で沢山誕生している。連合と敵対するわけではないが、派遣や非正規労働で働く人たちが、異議ありの声を挙げはじめている。そのような人々の活動を国会の内や外で支援、連携する。市民運動の課題を取り上げ、時に、立法化を促す政党がもっと議席を増やすことがどうしても必要だ。

 そもそも、市民運動を始めるきっかけは、人それぞれ違うだろうが、根底にあるものは、今の政治やしくみで解決できないことが見えてきたとか、わが身にふりかかってきたとか、行政に働きかけても、何もしてもらえなかったとか、やむにやまれず、自分たちで行動を始めることが多い。それだけ、切実であり、既成の組織では問題解決できないことを痛感し、政党にも失望している人々だ。社民党の役割は、その人たちと協働することで、政治に風穴をあけていくことだと思う。具体的にどう協働できるか、それは課題を共有するために、みすからも積極的に市民運動の中に入っていくことだと思う。これまで、主体的に、運動に入っていったか、どれほど交流したか、議論したか、話を聞きにいったか、党員、組合員の必死の努力がありながら北海道の市民運動においては、社民党はほとんど見えない存在だった。せっかく、NPO法の成立や非正規雇用の問題に社民党が早くから取り組んでいたにも関わらず労働運動のなかでも、北海道の市民運動のなかでも、社民党の評価をほとんどきかない。いや、見えないのだ。

 そこで、ふたつ目である。今の日本に必要な社会民主主義であり社民党であり、市民の中へ、市民運動と共に歩くことが、脱皮へのパワーアップであると考えるのだが、そのことをもっと見せていかねばならない。社民党は何をめざし、何をしようと考えているか、選挙だけでなく、日常的に見せていくことが不可欠なはずだ。すなわち、社民党の可視化。これが第二の課題である。どんな理念がすばらしくても良い政策であっても、知られなくては応援してくれるはずもない。その一因は、メディアへも、市民へも働きかけが弱いということに他ならない。では、どう取り組むか。私の力量では起死回生の戦術があるわけではないのだが、4つ述べてみたい。

1点目が、軽いフットワークで街宣しようということである。大きな選挙用の街宣車でなく、軽自動車で、住宅地のなか路地裏までも行く。女性でもいつでも運転できる。そんな、道具としての街宣車の使用だ。選挙の時だけでなく日常的に、社民党の街宣車が街にいることが重要だ。

2点目が、機関紙をはじめとした表現の問題だ。ブルーに白が、社民党カラーであるが、もっとカラフルに、もっと楽しく政治したい。街頭宣伝ののぼり旗でも「護憲」という字づらがそもそも、いかめしいし、近寄りがたい印象を与えている。「愛」でもいいし、「共に生きる」でもいい。社会民主主義をしなやか言葉で表現したい。

3点目は、ITの活用である。強制はできないが、パソコン使用の党員は自身のブログを開設する。日本中の党員や支持者が、毎日、パソコン上で、社民党をアピールする。今、北海道では、「知って目覚める社民党釧路」のブログと、「エダさんの生き生き社民党ライフ」「山口たかの毎日元気」があるが、それなりの反応もあり、アクセスが増えている。エダさんが、述べている「ブログを書くことで、物事を見る力が養われることがわかった」と。ホームページの充実も欠かせない。これらは当然のこととして、他の政党はとっくに取り組んでいるのだが、社民党においては、遅れをとっている分野だ。特に若い人には、ITが不可欠だ。ケータイでブログにアクセスできるようにすることももちろんやるべきことだ。

以上の3点は、かなり狭い意味での可視化だが4点目として考えることは、支援者のすそ野を拡げる試みである。ひとつは芸術文化分野への取り組みである。美術や舞台、音楽などの分野で、イベント、コンサート、美術展など。政治的メッセージに限らない、人の世の切なさや愛の悲しみでもいい。人の営みとしての文化を支援する。もうひとつ考えることは、地域に開かれたショップと事務所だ。アジアの女性を支援する第三世界ショップでもいい、フェアトレード(公正な貿易)ショップでもいい。利潤はなくてもいいが、問題提起になる店と一体化した事務所の設置はどうだろうか。これは、自治体議員の事務所などからスタートしてみてはどうだろうか。

以上、思いつくままに記してきた。長い活動を積みかさねてきた党員の方からは、邪道にも、政党活動からの逸脱のようにも見えるかもしれない、しかし、今、できることは何でもやってみる。小さいことから大きいことまで。そのことによって、可視化がしかも、今までと一味ちがう社民党が見えてくる。

私は、子育てのなかで感じた、食の安全性のことー農薬や添加物だらけの食品を与えたくない、という思いから、北海道生活クラブ生協の設立に参加し、理事を務めるようになった。あなた作る人、私食べる人という関係ではなく、生産者と顔の見える関係をつくること、生産者と消費者の協働だ。当時、牛乳部会に属して、低温殺菌牛乳の開発に関わっていた。その時のことで、今も思い出すことがある。それは、厚生省がロングライフ牛乳を認めた時のことだ。牛乳は、搾乳し、通常130度で数秒殺菌する。冷蔵が義務つけられているが、私たちは更に低温殺菌の自然により近い牛乳を求めていた。しかし、厚生省は、さらに超高温の殺菌をして、常温で流通させようとしていた。そのことによる、牛乳の品質が変質する、もはや、生鮮品でなく工業製品だ。その情報を知った時、私は、デモをすることを提案した。しかし、ある人が言った言葉は、目からウロコだった。即ち、デモだけが社会運動ではないということ。超高温殺菌に対する低温殺菌牛乳をつくり共同購入することが市場への異議申し立て運動であり、超高温牛乳への大きなアンチテーゼということだ。会員を増やすための戸別訪問の時、私たちは言う。生産者に、希望のものを作ってもらうためには、購買力を結集することが不可欠だ。だから、あなたが必要だ!いっしょに購入しよう、それが、組合員拡大の論理だった。そのことは、社民党のさらなるパワーアップにも、あてはまるのではないだろうか。生活や平和が脅かされている今だから、あなたが必要です!と、相手の心に響く言葉を届けることができたら、、社民党への共感の輪がきっと広がると思うのだ。自信を持って、これからも語っていきたいと思っている。

山口たか


社会民主党北海道連合副代表 山口 たか



プロフィール

1950年        札幌市生まれ
1968年         光塩女子学院高等科卒業(東京都杉並区
1973年        早稲田大学教育学部中退
1984年~1991年 北海道生活クラブ生協設立に参加、理事を務める
1991年~2003年 札幌市市議会議員(3期12年)
2004年~2006年 北海道東海大学非常勤講師

現在、市民自治を創る会代表、日独平和フォーラム北海道代表、
北海道ウイメンズユニオン執行委員、
北海道認知症高齢者グループホーム第三者評価調査委員、
自衛隊イラク訴訟原告、など。

家族は、夫と子ども4人            



衆議院選への決意



社民党 山口 たか

 私は、このたび次期衆議院選挙に、社民党から立候補する決意をいたしました。決意へいたるまでの経過と決意をのべさせていただきます。

 昨年の参議院選挙では、約11万600票をいただきながら、当選を果たすことができず、応援してくださった皆様に対する申し訳ない思いで一杯です。しかし、自民党の惨敗という結果は、有権者の反安倍、反改憲、反格差社会の現れだったと考えました。この結果で、憲法改悪も遠のくと考え、少しの安堵と虚脱感で、選挙後、しばし、無為の日々を送っていました。秋からは、市民自治を創る会や、日独平和フォーラムの活動を少しずつ再開しました。

 その間、作家であり私の選挙のたびに推薦人になっていただいていた小田実さんの告別式や偲ぶ会に出席し、各地で立ち上げてくれた勝手連の仲間と再会し、沖縄・辺野古での基地建設反対の現場へ行き、志を同じくする人々との交流などを通して、この国の政治のあり様に対する憤りが増してきました。

 さらに、11月以降の、民主党と自民党の大連立の動き、自衛隊の海外派遣のための恒久法制定の動向、そして、自公と民主党も賛成して成立した労働契約法。このまま、二大政党で推移して本当によいのだろうか。世襲の議員や官僚、大組織の代表やタレントでないとなかなか当選できない国会でよいのだろうか。構造改革や三位一体改革のもとで行なわれた、数々の規制緩和。私たちの暮らしは、格差がさらに拡大し、働いても当たり前の暮らしができない。そもそも仕事がない、一次産業は衰退し、地方は疲弊し、医療や福祉が切り捨てられている。まさに命が脅かされている。競争に勝つことや効率を上げることが至上命題となり、自己責任論が跋扈しています。安倍内閣は崩壊しましたが、彼の内閣で行なった、新教育基本法の制定、防衛庁省昇格、憲法改正国民投票法制定などの数々の悪法は、施行され、発動され、動き出しています。

 また、石油製品をはじめ、生活必需品が次々と値上げされて生活を直撃しているにも係わらず、アメリカに追随し、湯水のようにタダで石油を提供し続けている現政権は、国民の生命とくらしを守るという責任を放棄しているとしか考えられません。

 以上に述べました、いくつかの状況認識や普通の市民の感覚で政治を変えることの重要性は、地方自治の現場において、市民運動に関わってきた自分が、痛感してきたことでした。
 私の、めざす社会は、現在の競争社会の対極にあるものです。誰もが大切にされる社会、高齢者も若い人も、傷がいがあってもなくても、男性も女性も、共に生きる社会、人と人のつながりで、支えあう社会、働きたい人には仕事があり、まじめに働くことでまっとうな暮らしができる社会です。そのような共生社会の実現のために、再度、立候補することを決断したしだいです。

 社民党全国大会で会った、多くの若い自治体議員は勇気と希望にあふれていました。私も政党と市民の協働で選挙を行なうことも視野に入れ、元気に活動を始動させたいと考えています。憲法9条平和主義はいうまでもなく、25条の生存権や13条の幸福追求権がないがしろにされている、この惨状を変えるために、私は、社民党の議席確保に全力でとりくむ決意です。


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