茨城県西 鉄道ファン 2005年11月28日(月) 公開 / 2005年11月30日(水) 更新

(左上)第3セクター転換初日のモオカ63形。下館駅1番線ホーム。(左下)モオカ14形の1次車+2次車。下館駅1番線ホーム。(中央)C11 325牽引「SLもおか」号。下館駅1番線ホーム。(右上)国鉄真岡線最終日のキハ20系。下館駅1番線ホーム。(右下)2004年11月2日、DD13 55引退記念列車。真岡駅。

JR水戸線
関東鉄道 常総線
真岡鐵道 真岡線

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つくばエクスプレス開業

関鉄常総線・快速運行

真岡鐵道・「SLもおか」号の旅

1985年・関東鉄道常総線 水海道車両基地

1988年4月・国鉄真岡線から第三セクター真岡鐵道へ

2002年8月・往路「銀河」、復路「かすが」「ちくま」急行強行軍

2002年8月・上田交通で別所温泉へ

2003年9月・雄大な大地を駆ける「ふるさと銀河線」の旅

2004年2月・鹿島鉄道 鉾田線→鹿島臨海鉄道 大洗鹿島線 乗り継ぎ旅

2005年3月・惜別 赤い電車……日立電鉄 無念の廃止

2005年8月・JR西日本 関西本線 急行「かすが」爆走

TX&常総線、車両基地公開

真岡鐵道 真岡線
 (下館〜茂木/単線非電化)
 下館から北に延び、真岡(もおか)や陶器で知られる益子(ましこ)を経由して「ツインリンクもてぎ」が知られる茂木まで、41.9kmの非電化路線です。
 現在は、第三セクター鉄道に転換し、蒸気機関車の運転でも知られています。
路線の沿革
 1912年(明治45年)4月、官設鉄道の真岡軽便線として下館〜真岡間が開業し、1913年(大正2年)7月に真岡〜七井間が開業して、当初予定していた全区間が開業しました。
 その後、烏山方面への延伸計画が持ち上がり、茂木を経由のルートが選定され、七井〜茂木間が1920年(大正9年)12月に開業しました。茂木から先、烏山方面に向かう路盤も完成していましたが、実現しないまま今日を迎えています。
 1922年、路線名を真岡線に改称。ちなみに、第3セクター転換まで真岡は「もうか」とされていて(以前は「もうか」「もうかせん」だった)、「もおか」という読みに正されるのは、真岡軽便線開業から76年後の1988年になってからでした。
 国鉄時代は、下館から水戸線の小山まで乗り入れ運転を行っていましたが(上野直通の準急が走っていたこともありました)、国鉄末期になると乗り入れは行われなくなり、利便性は低下しました。
 国鉄末期には赤字路線として廃止対象となりましたが、沿線自治体が中心となって存続活動を行った結果、JRから分離しての存続が決定。
 JR開業までに準備が間に合わないということで、わずかな期間はJR真岡線として運行した後、第3セクター鉄道・真岡鐵道として存続しています。
 なお、「鐵道」と旧字体の「鐵」を使っているのは、「鉄」では「金」(カネ)を「失う」ので、という理由からです。

使用車輌、列車について
 かつては蒸気機関車牽引の列車が行き来していた路線ですが、戦後はキハ25系など気動車を投入しての運転となりました。
 また、気動車準急・急行網が全国に張り巡らされていた時代には、真岡線から上野直通の準急(後に急行)「つくばね」(下館で水戸行きの「つくばね」と分割併合、間々田で両毛線からの「わたらせ」と分割併合を行うという「多層建て列車」でした)も走っていました。
 第3セクター転換直前には、まるで路線存続を祝うかのように、キハ45、キハ40/47、キハ28など、普段目にすることがない車輌も入線しています。
 第3セクター転換後は、富士重工製のモオカ63形が入線。2002年から新型・モオカ14形
 また、蒸気機関車の動態保存でも知られ(C11 325、C12 66)、週末や長期休暇中などを中心に「SLもおか号」として通年運行しています(通年の定期SL列車としては、東京から最も近い路線)。時折、小山からの出張運転(小山→下館間は水戸線、下館からは通常の運転で、下館→茂木、茂木→下館、回送を兼ねて下館→真岡)も行われます。
 開業時に導入されたレールバス・モオカ63形の老朽化が進み、代替車輌の導入が待たれていましたが、最近軽快気動車タイプの新型・モオカ14形の導入が始まりました。

現状について
 第3セクター移行後は、加減速性能が良いレールバスが導入されたため、列車の走行性能が改善。
 新駅の設置も相次ぎ、1988年4月の真岡鐵道開業と併せ、下館〜折本(おりもと)間に下館二高前駅、1989年3月には西田井〜益子(ましこ)間に北山駅、1994年3月には折本〜久下田(くげた)間にひぐち駅、市塙〜茂木間に笹原田駅と天矢場駅が新設され、利便性の向上が図られています。
 また、折本駅で交換設備の新設が行われているのは特筆に値する話題です。「SLもおか」号や編成長が長い臨時列車(「ツインリンクもてぎ」で大規模なレースが開催されるときなどに運行されることがある)でもすれ違い交換できるよう、併走する国道294号バイパス側に待避線とホームが新設されています。
 乗降客数では比較になりませんが、駅としての風格では同じ筑西市内にあるJR水戸線の玉戸(たまど)駅よりはるかに立派な駅にとなりました。

 しかし、列車の運転本数が少ないこと(とはいえ、最低限1時間に1本は確保されています)、運転時間帯も終列車が早いこと(下り終列車の下館発は22時33分)、第3セクター鉄道に共通する問題として運賃が高いこと、それに少子化の影響(通学利用が大きなウェイトを占める地方路線では一大事!!)もあって、一般客の増加についてはなかなか苦戦しているようです。
 土休日には関東鉄道常総線の全線+真岡鐵道の下館〜益子間がフリー区間となる「常総線・真岡鉄道線共通一日自由きっぷ」(2,300円)が発売されていますが、平日は今のところ割引切符の設定はありません。
 ……記憶違いでなければ、確か土休日に1,500円で乗り放題の割引切符があったような……。


 先に挙げた理由に加えて、無秩序なクルマ依存が蔓延し、高規格の国道バイパス開通も相まって、利用客は減少傾向にあります。
 SL運転での知名度は高く、週末は観光客(SL、益子焼)が多く利用しますが、平日を中心とした利用促進が不可欠です。

 【JR水戸線への乗り入れ、小山への直通運転について】
 もっとも有効な利用促進策は、かつて国鉄時代に行われていたように、下館からJR水戸線に乗り入れて、小山まで直通列車を運転することです。
 現在、水戸線小山までの直通運転復活も睨んで、転換開業以来使用してきたモオカ63形の後継車となる新型車輌・モオカ14形への置き換えが進んでいます。
 小山からは宇都宮線だけでなく、新幹線や湘南新宿ラインが使えて便利なので、直通のメリットは非常に大きいのです。
 使用車輌については、モオカ14形の導入が進んでいますが、今後はJR東日本が開発しているハイブリッドディーゼルカー・キハE200のような車輌の導入を検討しても良いと思います。

 【関東鉄道 常総線との連携強化について】
 既に土休日の共通割引切符は実現していますが、常総線との連携をさらに強化(列車の接続、優待運賃など)すれば、TX〜常総線経由で「SLもおか」号を利用するルートも確立でき、新たな売りになるでしょう。
 2005年12月10日改正ダイヤでは、常総線快速の運転本数が増え、朝方の下り快速で守谷825発→下館912着、夕方の上り快速で下館1716発→守谷1801着という、(ちょっと中途半端な時間ではありますが)「SLもおか」との接続をちょっと意識したかのような快速が新設されます。
 この流れを推進して、さらに利便性を増すよう各方面に努力をお願いしたいところです。

 【路線バス、コミュニティーバスとの連携強化について】
 真岡線に限ったことではないのですが、古くからの地方路線の場合、駅の場所と現在の街の中心が必ずしも一致しないことがあり、そのまま放置すると、現在の街の中心から駅まで遠い→鉄道は不便、クルマで……という、環境の世紀・21世紀とは思えない「退化」が進行してしまいます。
 現在の街の中心を経由する新線を敷設してしまうのが抜本的な解決策ですが、費用面の問題と迂回による所用時間ロスが発生します。
 既存の設備を最大限活用して、比較的安価に解決するためには、路線バスやコミュニティーバスとの連接強化を図るという手があります。積極的なPRと同時に、運転本数の確保(30本に1本とか)や運転時間帯の拡大(始発〜終列車に対応)など、諸問題をクリアする必要があります。
 また、ホームの高さで列車からバスに段差なしで乗り換えられるよう、ホーム周辺の改良(バスの発着場をかさ上げして、ホームに横着け可能にする)や、鉄道との通し運賃制導入など、乗客の立場に立った施策が求められます。

 【宇都宮LRT計画との連動について】
 注目すべきは、宇都宮市のLRT※注導入に絡んで、LRT路線の真岡方面への延伸が盛り込まれていることです。
 これが実現すると、下館〜真岡〜宇都宮ルートが確立できます。また、茂木から「ツインリンクもてぎ」への路線新設が実現すると、交通渋滞緩和・輸送力増強に効果絶大です。
 どのみち、宇都宮市内の路線が開業しないことには連動も何もないのですが……。

キハ20/25系
国鉄からJRに移行した頃の真岡線キハ20系。当時は下館駅からJR水戸線で小山まで乗り入れる列車が設定され便利だった。


キハ45
国鉄→JR真岡線時代の下館駅にて。第3セクター転換直前の真岡線は、普段見かけなかったキハ45やキハ28などが応援に駆けつけ、ファンを驚かせた。


キハ20
同じく、第3セクター転換前の真岡線。国鉄時代からの主力だったキハ20が、真岡線撮影ポイントの一つ・下館駅を出てすぐの大カーブを、車体を傾けながら加速していく。キハ20のエンジンは非力なDMH17で、今の車輌と比べると加速性能は劣る。


キハ28
国鉄時代は準急(後に急行)「つくばね」の真岡線編成が下館で水戸線編成と分割併合を行って茂木まで顔を出していたキハ28。「つくばね」が電車化され真岡線編成がなくなると姿を消していた。向こう側に常総線のキハ310形が映っている。


C12 66

真岡鐵道を一躍有名にしたC12 66。増備されたC11 325は「出張」運用が多く、通常はC12 66が「SLもおか」号(50系客車3両)を牽引する。


C11 325

C12 66に続き増備されたC11 325。本車の増備により重連運転が可能となったほか、車輌運用に余裕が生じたことから、C12 66に定期運用を任せ、本車は「出張」業務も数多く行っている。時折行われるJR水戸線・小山駅からの直通運転の際は、本車が牽引機となる。


モオカ14形(1次車)
近年整備が進んでいる軽快気動車・モオカ14形。1次車と2次車では前照灯の配置が異なり、車内シート配置も異なる。両数が揃えば、水戸線への乗り入れを開始する模様だ。


モオカ63形
モオカ63形。真岡鐵道開業時に導入された富士重工製のレールバスで、登場時期によりセミクロスシート車とロングシート車がある。小型軽量の割にエンジン出力には余裕があり、ダッシュ力はなかなか。しかし、経年劣化の進行が早く、モオカ14形への置き換えが進んでいる。


モオカ14形(2次車)
モオカ14形の2次車。前照灯の位置が額の左右に分かれているのが外見上の特徴。遠くからでも視認性が高い前照灯配置なので、踏切事故防止に役立つだろう。それにしても、すんごい塗色(笑)


さよならDD13 55
SL運転開始から10年以上サポート役を務めてきたDD13 55が老朽化のため引退。最後の花道として、2004年11月2日、後任となるDE10 1535を従えての重連運転を実施した。



《LRT/ライト・レール・トランジット》

 どうも一般には従来型路面電車と混同している人が少なくないようですが、これは都市と都市近郊の交通システムを根本的に変革する交通システムです。欧米各国でそうしているように、公的支援を行って、クルマ優先社会から公共交通優先社会へと社会が変質するための重要なプロセスとなります。
 具体的には、渋滞の要員となっている不要不急な自家用車を市内に入れない代わりに、市の郊外に大規模駐車場を用意して、そこから市の内側へはLRTやバス(バスも優先レーンを通すなどしないと意味がない)で移動する、ということになります。
 必ずしも新規路線を建設しなければならないのではなく、既存の路線もルートに取り込むことで乗り換え回数を減らす工夫をしたり、架線が不要なバッテリー式(駅や電停で急速充電できる技術は実用化を睨んで試験中)、燃料電池式(実用化までまだ時間がかかりそう)、あるいはハイブリッドディーゼルカー(環境問題をクリアしたコモンレール式ディーゼルエンジン搭載/エンジンで発電した電力を利用してモーターを回して走行する)など、実現の方法はいろいろあります。
 実際に導入される場合は、6車線道路の内の2車線分(4車線道路の内の2車線分)をLRT用複線軌道として転用……というような工事を行います。この軌道内に路線バス・コミュニティーバスなら通行できるようにすれば、電停(停留所)の共用、専用軌道を走行することによる定時運行性の確保という恩恵をバスも享受できるので、一石二鳥以上の効果を期待できます。

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