イタリアの想い出

リュックは便利(個人旅行)・・実は、この時はじめてのリックを背に旅をしました。
何時も私は、荷物がいっぱいの旅行かばんを持って日本を出発・この旅も20日間の旅行でしたからスーツケースにいっぱいの荷物、
イタリアへ入国しても飛行場で大きな荷物を持って大変でした、飛行場にはお世話になる彫刻家:杭谷一東さんが迎えに来ていただき、ローマ数日は杭谷さんの案内ローマを見学、そこまでは、良かったのですが杭谷一東さんにお世話になりローマを離れてからが大変、カプリ島・ポンペイに行きたくて列車の旅が始まりました。大きなスーツケース列車の乗り・下り、街中の移動にケースをゴロゴロ・・・・・・あまり格好の良いものではありません、「ふと・・同じ旅人を見ると皆さん(相当のご年配の方も)リックです」フリーで旅をしていたので日本人はいませんでした。
それから私は、ニースでリックを買い、最低限のパリに行くまでの必要な荷物をまとめ、リックに詰め替えました。そして残りの荷物を詰めたスーツケースを最終地パリのホテルに送りました。
そして私の本当の「旅行・・・」と言う言葉の旅が始まりました。
今までは、人に頼り、旅行社に頼り、の旅でしたが、この旅行は、日本でローマとパリを2泊ずつをホテルを予約しただけで後は、駅で聞いたり、旅行案内に聞いたりしながらホテルを決める、私にとっては、大冒険でした。
{何故か、日本人に見られなかった・・・ナポリからカプリ島行きの船の中で日本人と思われる人から「アズッタを見にボートに一緒に乗りませんか?」と声をかけられました(英語で)・・が、「私は、日本人ですよ」と話すと、その人は、日系のアルゼンチンから来た弁護士さんで流暢な日本語を話していました。

アズッタ:青の洞窟?と呼ばれ昔王様がその洞窟の中で泳いだ所と教わりましたが。
その日は波の静かな太陽が輝く素敵な青空の日でした。:私達はカプリ港から小さなボートに乗りカプリ島の一ヶ所洞穴めがけて海の波が引いた時に洞窟内にボートをこぎ入れます。(皆 ボートの中の人は、波が引いたときいっせいに腰と頭をボートと同じ高さになるくらいに低くして洞窟内に入ります)そこは外から入る太陽の光と海の底の砂?の色とで、透き通ったエメラルドグリーンの海(プール)ホール(洞窟)がありました。今でも、その美しかった洞窟内の海の色は忘れられません。
注:清水康子は、地理、歴史が得意では、ありませんご覧になって間違っている表現(場所)あったら、メールで教えてください。

大好きなモナコ
1989年7月
モナコ
たしかカジノがある、場所の前の通りです、
あまり賭け事が好きでない私は入りませんでしたが、
厳格な制服姿の男性が入り口に立っていて
お客様をチェックしていました、
男性はジャケットを着てないと入れません。
(yasuco一言:今思えば何でも勉強入ってみれば良かったです。)
1989年7月
ローマ
左の写真と同じ場所です(7月)
紫陽花の花がとてもきれいでした
※映画と同じ、階段の下にはアイスクリーム屋さんがいました。
1989年7月ローマ
オードリーへップバーンになれなかった私?
この場所は、何処でしょう

1989年7月
フォロ ロマーノ
ローマ人の強さを感じました・・
大きくて高い大理石の建築物の名残
1989年7月
フォロ ロマーノ
実は、この時はじめてのリックを背に旅してました。
リュクは便利・・
1989年7月
フランスも混ざった・・・パリ
この時計塔は、大好きです、駅前にて
1989年7月ニース
ニースの海岸は、砂ではなく石ころがいっぱい
それでも沢山の人々が日光浴してました。
1989年7月

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