昭和5年(1930) 志ん20歳
師範学校を卒業。
当時の校長先生に望まれて(何度も言うようだが、あくまで本人談)利根郡池田村立池田尋常小学校に赴任する。初任給は四拾円。
初めて下宿し、週末に徒歩で一時間半かけて実家に戻る生活だった。
志んの父は彼女が帰ってくる時間になると「お志んが戻ってくる」と家の前で待っているほど彼女を可愛がったという。
志んは余暇にはテニスに熱中する、「モダンガール」だった。
昭和8年頃? 1933 久三郎21歳;志ん23歳
久三郎、数年前より青年団に参加し、活躍する。テニスのダブルスで大会に出場、利根郡大会で優勝もしている。
ちなみに、その頃なにを職業にしてたのか知りたいのだが、本人を含む誰も語ってくれない。ヤバいことをしてたんじゃないのか?
その青年団の仕事先の一つであった池田小学校にて、志んと出会う。
何度か話すうちに、志んの下宿先が久三郎の母・かくの親戚の家とわかり、親近感を覚える。(「あ、家近いんだ〜。偶然だね」約70年後の現在でもよくある口説き文句だ)
また、テニスという共通の趣味を持つこともわかり、やがて互いに好意を抱くようになった。
ところが当時、小学校の先生と青年団員の恋愛は御法度。
一目誰かに見られたら村中のうわさになり兼ねない状況で、人目を避けた交際が続いた。
なぜなのか今もよく私には理解できない。
要するに、恋愛そのものが御法度の中で、さらに「職業上、知り合った相手と……」というのがタブーだったのだろう。
田舎なので、情報伝達も速かっただろうし。
このため、事情を知る地元有力者にさまざまな援助をしてもらった。