野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates




 プリンス・オブ・ウェールズ、イギリスのチャールズ皇太子は、伝統的なイギリスの建物や風景が次々と壊れていくのを見て、これではイギリスが滅びてしまうと感じ、次のような美を取り戻すための10原則をまとめた(「英国の未来像−建築に関する考察」)。

 @ 場所 − 風景を蹂躙(じゅうりん)するな
 A 建築の格付け − 建築の基本原則を大切に
 B 尺度 − 小さいものほどよい
 C 調和 − 他と響き合おう
 D 囲い地 − その場所をかけがえのないものにしよう
 E 材料 − それがある所にあらしめよ
 F 装飾 − 細部を豊かに
 G 芸術 − 置かれる場所を考えて
 H 看板と照明 − 粗悪な看板を立てるな
 I コミュニティー − そこに住む人の意見を聞け


 前衛的な建築家からは美の強制と反発されたが、チャールズ皇太子の「われわれは美なしに生きることができない」という思想は、BBC放送で取り上げられ、国内外に大きな反響を呼ぶことになる。
 時あたかも、大ロンドン市の中心地シティに、建築家リチャード・ロジャースのロイズ・オブ・ロンドン(ロイズ保険会社本社ビル)が建ったころ(1986年完工)であった。
ロイズ・オブ・ロンドン
 私は、話題のこの建築を完成した直後に訪れた。ステンレスの塊から掘り出されたような建築は、とても旧市街地に建つものとは思えなかった。日本のコンビナートの一画にできた、とびきりモダンな未来の工場、というのが正直な印象であった。
 リチャード・ロジャースは、レンゾ・ピアノと組んで、パリのピンポドー・センターのコンペを勝ち取った後、このロイズ・オブ・ロンドンのコンペでも最優秀となっている。同じイギリス人建築家ノーマン・フォスターの香港上海銀行と並んで、ロイズ・オブ・ロンドンは20世紀を代表する建築と呼ばれるようになる。
 前衛と保守、イギリスでは重量級の戦いが行われている。エンジンが強烈であれば、ブレーキもまた超一流である。
 日本のプリンス、安部晋三首相は「真正保守」といわれる。司馬遼太郎氏に、即席ラーメンの袋のようなと表現された日本の町を、どうしたら元のように美しくできるのか、安部氏の著作「美しい国へ」からそれを読み取ることはできない。

  建築家 野口政司
  
2006年11月6日(月曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
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