野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates

 薪割り用の斧(おの)を手に入れようと思った。
 カタログを見て、工芸品の味わいと、何よりデザインの良さからスウェーデンのグレンスフォシュの大型斧に決めた。
 数日して斧が届いた。重い。建築アトリエには何とも不似合いだ。私に使いこなせるだろうか。「薪は斧の重さで割るもの、あなた身長なら最低これくらいでなくちゃ」と言った薪ストーブ屋のSさんの筋肉質の体と愛嬌のある顔がうらめしく思い出される。
  あらためて斧を手に取る。革のケースを外すとスウェーデン鋼の鋭い刃先が光る。斧頭にこの刃を打った職人のイニシャルが刻印されている。日本の鉋(かんな)や小刀と同じだ。そういえば “小信”作の小刀を求めて東京・上野の刃物屋を訪ねたことがあったよなあ。
柄はヒッコリー材でできていて、握りのところで微妙に曲がり、しっくりと手になじむ。さきほどまでの不安をすっかり忘れ、今はもうこの斧を使ってみたくて仕方がない。
 早速山に行く。2年前に山荘を建てた場所にあった木を切り倒し、丸太にして積み上げている。程よく乾いた丸太を取り出し立てる。
 薪割り台は、5年前の吉野川源流の森の伐採ツアーで切り出した90年生の桧(ひのき)の根っ子だ。
 バランスのいい斧だ。初心者の私でも気持ちよく振れる。山で握ってみるとそれほど重く感じないのが不思議だ。しかし芯を外すと薪が思わぬ方向へ飛んでいく。油断は禁物。ここだと思うポイントに意識を集中させ斧を振り下ろす。きれいにニつに割かれた薪が放物線を描く。
 斧を台に突き立てたまま一服した後、息子と交代する。まだまだ腰の使い方は父さんの方が上だな、などと言いながら幾つかの薪の山をつくった。
 11月の山の空気はもう冷たい。しかし丸太を運び、薪を割り積み上げると体がしっかり温まってくる。薪ストーブは何回も人を温めてくれるというが、本当にその通りだ。
 小ナラやモミジが色鮮やかに染まる深秋の山に、“スコーン”という乾いた薪割りの音が響きわたった。

 建築家 野口政司
 
2006年11月21日(火曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
薪を割る