野口建築事務所 |
Noguchi Architect & Associates |
北欧の国、フィンランドの人たちが誇りにしている3つのSがあるという。1つは作曲家のシベリウスであり、2つ目がフィンランド語でシス(sisu)と呼ばれるフィンランド魂、そして3つ目がサウナだ。 フィンランド人のサウナ好きは特別で、こんな話がある。第二次世界大戦でロシアと戦っている時のこと。 ある部隊が国境の近くにいて、数十人がサウナに入っていた。サウナの熱気を楽しんでいるうちに前線が移動していて、サウナから出てみると自分たちがロシア軍の後に位置していることに気がついた。兵器も服もなく素裸で彼らは敵陣の中に取り残されてしまったのだ。すぐ近くでロシア軍の戦車のキャタピラ音が響くし、大ピンチであった。そこで彼らは再びサウナに入り、体をしっかり温めた上で森の中に隠れ、そして夜の闇に紛れて前線を突破した。2日間沼地と藪の中をくぐり抜け、裸で体中傷だらけになりながらも無事見方の陣地にたどり着いた彼らが、まず最初にしたのは・・・、そう、サウナに入ったのだった。サウナ好きのフィンランド人ならではの話しである。 |
ところで、フィンランドの大統領であったウルホ・ケッコネンは、外国の要人との会議の前にサウナを共にしたそうである。地位や礼儀は服と一緒に脱ぎ捨て、ヴィヒタと呼ばれる白樺の枝で敵意やかたくなな心を蒸気の中に溶けこませてしまったのだという。 また、他の政治家やビジネスマンも、交渉や商談の相手をよくサウナに誘うという。サウナには心の垣根を取り除く、不思議な魅力があるようだ。 フィンランドのサウナは、日本の茶道のような、精神的なもてなしの美学があるのではないだろうかと思う。二畳台目(だいめ)極小の空間に、宇宙的広がりを感じる茶室。そしてにじり口をくぐることで、日常のくびきから解き放たれ、広大無辺の心の自由を得ることができる。そんな茶道との類似性をサウナに感じるのである。 そう言えば、どちらも素朴な小屋造りであるし、林で拾ってきた曲がった枝を付けたサウナの小さな扉は、茶道のにじり口のようでもあり、サウナストーブは炉とも考えられる。 日本人もフィンランド人も、ともに昔から森の民として、木の文化を大切にする民族でもある。入浴と喫茶という、ごく日常的な生活の行為に、精神的な美しさを見だすという点でも共通したものを感じるのである。 寒い冬にサウナは格別である。窓の外に広がる雪の景色を眺めながら、サウナストーブの上の焼けた香花石に水をそそぐ。どっと蒸気が立ちのぼり、熱気が広がる。体が芯から温まってくる。 建築家 野口政司 2006年1月26日(木曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より |
フィンランドサウナ |