野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates


江戸東京たてもの園(小金井公園内)
 小雨にぬれたけやき並木を歩く。黒い幹が力強く空に向かってのびている。東京の西郊外、玉川上水ぞいの道には、緑の帯となってけやき並木が東西に長く続いいる。
 中でも、玉川上水と小金井公園の出合うあたりには、昔の武蔵野の面影がしのばれる。
 その小金井公園の林の中に、江戸時代以降の建物を移築した『江戸東京たてもの園』 がある。ここには農家や商店、個人住宅など、かつての市民の生活がうかがわれる30戸ほどの建築が集められている。
 何年か前に訪れたとき、アニメ監督の宮崎駿さんに出会った。彼はよくこの公園を散歩するそうで、後に分かったことだが、『千と千尋の神かくし』 の舞台となる巨大な湯屋「油屋」のモデルになったのは、このたてもの園にある風呂屋「子宝湯」だそうだ。

 
 そういえば、荒物屋や酒屋、しょうゆ屋、仕立屋、文具屋などの建物が向かい合う通りの北どまりにあって、このかいわいのランドマークになっているのが、「子宝湯」だ。これはもう、千尋たちが迷い込んだ“不思議の町”そのものではないか。
 実はこのたてもの園を訪ねたのは、建築家前川國男の自邸を見るためであった。彼は日本の近代建築をリードした人で、東京文化会館や紀伊国屋書店などを手がけている。
 アトリエとしても使われた前川邸は、木造30坪の小さなものだが、しかし大切妻のどっしりとした構えのこの建築は、背後の武蔵野のけやきの林とみごとに調和している。
 前川國男邸の周りには、建築学科の学生と思われる若者たちが黙々とスケッチをしていた。そういえば、京都の大学で建築を学んだ私の最初の授業は、岡崎公園にある前川國男設計の京都会館の模写であったのを思い出した。
 若々しい感性に、前川國男の建築はどう響いたであろうか。そして彼らの中から将来、どれだけの建築家が育っていくのだろうか。

建築家 野口政司
2005年10月17日(月曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
江戸東京たてもの園