野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates


ヘルシンキとストックホルム間を毎日運行しているシリアライン
 
 北海道でこの原稿を書いている。さらっとした涼しい風を受けながら、白樺の林を見ていると、数年前に訪れた北欧のことが思い出される。
 白夜の海を滑るように進む豪華客船。北欧に旅するなら乗ってみたいのが、ヘルシンキとストックホルムを船で結ぶ夜行便のシリアラインだ。
 湖のように静かなバルト海に、沈んだかと思うとそのまま太陽は水面にバウンドして、ゆっくりと東へ回り始める。北欧の夏は、夕焼けと朝焼けがひとつながりだ。
 船のあちこちで恋人たちが愛をささやきあい、ワインを飲んだ若者たちは、一晩中ディスコを踊りつづける。神秘的な夏の船旅を彼らは存分に楽しんでいる。
 甲板に出て夕日を眺めている私に、誰かが声をかけてきた。「黒い瞳はとても素敵ですね。あなたの部屋でゆっくり語り合いませんか」。ブロンドの青年が私の後ろに立っていた。「私はひとりで海を見ていたい」と言うと、彼は静かに笑って去っていった。北欧に旅するなら、これはもう最愛の人と2人で行きたい。
 北欧から帰ると、娘が海外留学をしたいと言い出した。私は迷わず、フィンランドを薦めた。夏の素晴らしさと素直な国民性がとても気に入っていたのだ。
 いいことだけを聞いて、その気になった娘はフィンランドに渡った。そして冬には氷点下40度にもなる厳しい自然を体験した彼女は、1年後に留学を終えて帰国したときには、すっかりサウナ好きになっていた。
 娘がホームステイしていたのは、フィンランドでは中の上くらいの家庭であった。彼らは湖のほとりにサウナ付きの週末ハウスを持っていて、よく遊びに行ったそうだ。また、スペインに別荘があり、夏の休暇などには長期滞在するとのこと。うらやましい話だが、北欧ではそれほど珍しいことではないそうだ。
 しかし、私が最も感心するのは、周りの自然とみごとに溶け合った建築であり、町の姿だ。そして素朴で味わい深い、家具や照明器具、調度品の数々である。
 北欧に旅するなら、最愛の人と2人で、シリアラインに乗って、そして、私たちの忘れかけた“生活の質”を再発見してみたいものだ。
 
建築家 野口政司
2005年8月29日(月曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
北欧に旅するなら