野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates


映画祭が行われた貞光劇場
 
 映画が好きで、学生時代には年間200本ほど見ていた。レンタルビデオやDVDなどなかったころなので、すべて映画館でスクリーンに映されたものであった。
 学生時代を過ごした京都には、邦画系の京一会館と名画座系の祇園会館があった。そのころ人気の緋牡丹(ひぼたん)お竜シリーズや、鈴木清順、ルキノ・ヴィスコンティ監督らの特集では3〜5本立ても珍しくなく、弁当持参での映画館通いであった。
 徳島に帰ってきてからも、「徳島で見れない映画を見る会」に入って映画を楽しんでいるが、徳島にも名画座的な映画館があってもよいように思う。例えば北島シネマサンシャインの1つのスクリーンを過去の名作にあてるとか。
 
 以前に、旧貞光町(現つるぎ町)で映画祭が行われていた。町を挙げての取り組みで、懐かしい映画と重層うだつの町並みがマッチして、とてもよかったのを思い出す。何とか復活できないものだろうか。
 ところで、そんな映画好きの私のお気に入りはというと、洋画ではフランス版 『白痴』 とも言える 『天井浅敷の人々』、日本映画では福永武彦原作の古い水郷の町を舞台にした 『廃市』(大林宣彦監督)、アジア映画からはパンソリの旅芸人親子の物語 『風の丘を越えて』 (韓国)を挙げたい。音楽映画では 『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』 。この映画に出演した“黄金の声を持つ男”、キューバのイブライム・フェレール氏が、この6日に亡くなったのはとても残念だ。
 そして戦前の日本映画から、忘れてならないのが 『人情紙風船』 (山中貞雄監督)だ。江戸時代の長屋住まいの庶民を描いた作品で、日本版 『どん底』 とも呼べる秀作だ。山中監督は昭和12年、この映画を撮り終えた日に赤紙(召集令状)が届き、翌年中国で戦病死している。30歳であった。
 戦争は若者の可能性と、その国の文化の未来を同時に奪ってしまう。山中監督の遺言には次の言葉がしたためられていた。
 「『人情紙風船』 が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ」。

 建築家 野口政司
2005年8月13日(土曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
お気に入りの映画