野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates


出版  幻冬舎
 小さいころから眉山を見て育った。遠い場所まで遊びに行っても、眉山の姿さえ見えれば自分のいる場所が分かる。安心して吉野川の河口にあるわが家に帰りつくことができた。夕焼けの眉山は、てくてくと土手道を歩いて帰る子供の私をいつも見守ってくれていた。
 さだまさしさんが3冊目の小説を書いた。題名は『眉山』。「大好きな人」の故郷、徳島で一生を終えようとする母と、それを見守る娘の物語だ。
 徳島の風物がたくさん出てくる。中でも阿波踊りのシーンはとても魅力的だ。このコラムの愛称でもある「ぞめき」について、阿波踊りは日本一の庶民の祭りで、「体の芯が粟立つような、いても立ってもいられないような静かな興奮のことをね、そういうんだよ」と母は娘に教える。
 この小説のテーマは、人の生と死の輝きではないかと思う。
 母親のお龍さんの若い医者への言葉は、死にゆく者の潔さと愛情にあふれている。
 
 さて、さださんの歌で私の好きな曲は『風に立つライオン』だ。 日本を離れ、アフリカのケニアで働く若き医師が、かつての恋人に思いを綴る。
      診療所に集まる人々は病気だけれど
      少なくとも心は僕より健康なのですよ
      僕たちの国は残念だけれど何か
      大切な処で道を間違えたようですね
      ・・・・
      キリマンジャロの白い雪
      それを支える紺碧(こんぺき)の空
      僕は風に向かって立つライオンでありたい

 その若き医師の思いを、白く輝くキリマンジャロではなく、南国徳島の明るい光の中で描いたのが、さださんの小説『眉山』だと思う。そして、南十字星、満天の星の下ではじける祈りにも似たアフリカのリズムは、小説の阿波踊りの中にも響きつづけているのだ。
 新緑のころには色鮮やかに、台風の後の澄みわたった空にはどっしりと、私たちのいろんな思いを受けとめながら、眉山は今日も穏やかな姿で目の前に横たわっている。

 建築家 野口政司
2005年2月22日(火曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
  
眉 山