野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates



陶淵明(とうえんめい)原作
出版   福音館書店
 理想郷のことを桃源郷とも呼ぶ。これは中国の詩人、陶淵明の「桃花源記」から来ている。
 ある漁師が川を下りながら漁をしているうちに、桃の花の咲き乱れる森の中に迷い込む。水が湧き出る小さな洞穴をくぐり抜けると、そこは美しい池や豊かな田園がひろがり、老若男女がゆったり楽しそうに暮らす平和な村があった。
 この桃花源村は戦乱を避けて秘境に逃れた人たちの隠れ里であった、というお話しである。
 吉野川上流の村に残る、平家の落人伝説を思いおこさせるが、一方で人が生まれる前の母親の胎内に理想郷を求める胎内回帰を連想させる物語でもある。
 同じ中国の思想家、老子にも理想郷について書いた文章が「道徳経」の中にある。“小国寡民”−国は小さく、人口が少ないほどよいという考えだ。
 これは地域主義の思想の始まりとも言えるもので、その土地でできる食物が美味であり、その国の衣服を美しいと感じ、自分たちの土地の材でできた家を安らかなついの棲家と考え、その土地の風俗習慣を楽しんで生活することが理想である、と言っている。身土不ニ、医食同源など今注目されている考え方でもある。
 
 さて、アメリカには、19世紀に移民労働者たちに人気の「ビッグ・ロック・キャンディ山脈(お菓子の山脈)」という流行歌があった。

    ビッグ・ロック・キャンディ山脈には
    美しく明るい国がある。
    そこでは着たきり雀でいいのだ、
    アルコールのせせらぎが岩をしたたり落ち
    シチューとウイスキーの湖があって、
    大きなカヌーでどこまでも漕ぎまわれる。
    おれは住むつもりだ、一日中眠ったりし、
    労役を発明したトルコ人が縛り首になったその土地に、
    ビッグ・ロック・キャンディ山脈になかの。

 過酷な労働から逃れようろする流れ者のユートピアだ。いささか乱暴で、即物的ではあるが。
 ひるがえって、私たち日本人はこの国の理想的な姿を思い描けているだろうか。戦後60年の節目、そのことについて考える1年にしてみたい。 

建築家 野口政司
2005年1月5日(水曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


  
桃源郷