困ったときは笑っとけ 2 by 獅子丸



ご馳走に釣られて順調に新生活がスタートしたかと言えばさにあらず。
いくらミッターマイヤーでも、そんなに簡単に懐柔されることとそうでないことがある。
勝手に家を引き払われ引っ越しされたことに関してはたっぷり説教したが、ロイエンタールは(中身も全然堪えてないが)見た目で凹んだ様にはもちろん全然見えない。
まあその辺はここへ至ってしまってから何か言ったからといって効き目がないことくらいはさしものミッターマイヤーも学習している。
だが。
「なんでベッドがひとつしかないんだよっ」
広いマンションのフロアをいくら探してもベッドルームはひとつ、ベッドもひとつ。
「俺のベッドはどうした?」
「捨てた」
「なんでっ」
「あの狭い部屋にベッドまで運び入れるのは無理があった。すまん」
素直に出られると強く出られないミッターマイヤーを丸め込むのはロイエンタールの得意技だった。
「そんなにイヤなら私はリビングのソファに寝る。ここは自由に使うがいい」
「待てよ、ロイエンタール」
どれだけミッターマイヤーの寝相が悪くても、キングサイズのベッドで眠って誰かに迷惑をかけることはないだろう。
「ソファなんかで寝て風邪ひいたらどうするんだ」
「心配してくれるのか?ヴォルフ」
嬉々とした輝きが二色の瞳に浮かぶのを、きっ、とグレイが睨み付ける。
「いいか、ロイエンタール。まだ話は全部終わってないぞ。俺は納得してないんだからな」
凛とした声音だが、相手が怯む気配は微塵もない。
「でも明日も仕事だし、新年早々お互い風邪なんかひきたくないだろ」
柔らかな間接照明に浮かび上がるロイエンタールの端正な顔は、ドキリとするような深い微笑みが刻まれている。
「だからっ!俺が納得するまで俺に指一本触るなよ、ロイエンタール」
ミッターマイヤーは、素早く身体を翻して部屋を出ようとする。
「何処へ行く、ヴォルフ」
「風呂入って寝るんだ」
「バスルームはあっちだ」
「わかってるっっ!」
ロイエンタールは、こみ上げる笑いを堪えながら、脱ぎ散らかされた服を拾い集めてランドリーバスケットに放り込み、ミッターマイヤーの為に用意しておいた新しい下着とパジャマをさりげなく脱衣所に置いた。
部屋の照明を落とし、何時ものように冷えたミネラルウォーターをテーブルに置き、風呂から出てきたミッターマイヤーと入れ替わるように風呂に入る。
思った通り、ロイエンタールが風呂から上がってくると、ミネラルウォーターは飲み干され、濡れたままのハニーブロンドの先っちょだけを上掛けからはみ出させて、広大なキングサイズベッドの端っこでミッターマイヤーは既に眠っていた。
時差の伴う長旅の上、休みもせず、食事も取らずに仕事にかまけ、挙げ句の果てに勝手に家を引き払われたことで延々と説教しなければならなかったのだから、疲れて当然だった。
しかし、いくら指一本触れてはならぬと厳命されようとも、一度眠ってしまえばちょっとやそっとじゃ起きないこともよく知っている。
ロイエンタールはゆっくりと上掛けをめくりあげ、久しぶりのミッターマイヤーの寝顔を、目と、指先と、唇で十分に楽しんでから幸せな気分で夢の住人になった。
なにしろもう同じ市内であちこち追いかけ回す必要はなくなったのだ。
ミッターマイヤーとの距離は一気にこんなに縮まった(いや、勝手に縮めた)。
普段の日だろうが休みの日だろうが、朝でも夜でも、何時でも一緒に居られるのだ。
なによりも、形式だけでなく法律的にも「結婚」出来る日は遠くない。
セクシャルな行為に関しては、山程課題がありそうだったが、いざとなれば酒の力を借りても良い。
ロイエンタールは、酩酊状態のセクシーなミッターマイヤーも好きだったが、それよりもまだ殆どまっさらで物馴れない初々しい素面のミッターマイヤーに堪らない魅力を感じている。
ゼロからレッスン…なんて素敵な響きだろうか、とスーパーハンサムで無表情な仮面の下ではでれでれとこんなことを考えているなどとは、他人から見れば絶対に判らなかった。
翌朝あれだけ言われていたのにべったりと半裸状態でまとわりついて眠っていて、目覚めたミッターマイヤーにベッドから蹴り落とされるとは、夢にも思わない幸せな妄想ロイエンタールなのだった。


それでもミッターマイヤーは渋々環境の変化を受け入れ、徐々に同居生活に違和感を感じなくなって行く。
彼がほんの小さな頃から建築家としてヨーロッパ中で活躍していた父も、小さな町ながら医者として忙しく働いていた母も留守がちで、ひとり寂しい思いをしてきたミッターマイヤーにとって、朝目覚めたら朝食の支度が出来ていて、夜灯りの点る暖かい部屋で良い匂いのする夕飯と彼の帰宅を待っている人がいてくれる、というのは彼の理想の生活のひとつでもあった。
待ってくれている相手が、可愛い女性ではなく、どこからどうみても彼より背の高いハンサムな男だと言うことを納得せざるを得ないのはなかなか難しくはあったけれども。
ただ、ロイエンタールとの同居はこれが2度目。
他人と長く生活を共にしたことのないミッターマイヤーにしてみれば、バイエルラインを除いては唯一心が許せて肌の合う相手と言っても過言ではないのだ。
時々、半裸の男の腕枕で目が覚めたりするとぎょっとしてしまうこともあるけれど、概ね彼はこの新しい生活を受け入れることに納得し始めていた。

前の家から運び入れたミッターマイヤーの道具類は荷ほどきされ、不必要になったモノは処分し、必要なモノは主に彼に割り当てられたこぢんまりとした書斎部屋に収められた。
必要なモノ、と言ってもどうしても手元に残しておきたかったのは着替えと本類とパソコン程度しかなかったが。
1月ももう終わるという頃、ミッターマイヤーはほっとため息を付きながらMacの電源を落とした。
「多分間に合うと思うが…間に合ってくれよな」
「ヴォルフガング、まだ寝ないのか?」
「あ、もう終わったから」
ミッターマイヤーは、呼びかけにもそもそと返事をして、書斎の灯りを落とした。
小さな灯り取りの窓の他は壁に作りつけられた本棚に囲まれた、狭くて居心地の良い書斎がミッターマイヤーはとても気に入っていて、ロイエンタールもここばかりはずかずかと入ってこようとはしなかった。
「仕事でも持ってきていたのか?」
「いや、メールのチェックしてただけ」
「毎日メールを寄越すなど、余程ヒマなのだな、青二才は」
「なんか進路で悩んでるらしいんだ」
他愛のない会話を交わしながら、ほどよく温まった布団に潜り込むのは幸せな瞬間。
「ああこら、また髪を乾かしていないな」
ロイエンタールは触れた髪が湿っているのに眉を顰め、手にしていたタオルで蜜色の髪を包み込む。
「ドライヤー嫌いなんだ」
少し前までは子供のように嫌がって抵抗していたのに、最近は気持ち良さそうにされるがままでいるようになったミッターマイヤーが愛おしい。
半ばうとうとと目を閉じているのを見て、ロイエンタールはそっと唇を合わせてみる。
舌先で軽く擽って侵入を試みるが、噛み締められた歯列に阻まれそれ以上の悪戯は果たせなかった。
「だぁめ。おやすみ、ロイエンタール」
ようやくこれだけの言葉を紡ぎ出し、にっこりと天使のような微笑みを浮かべると、ミッターマイヤーはタオルに包まれた形良い小さな頭をロイエンタールに預け、ことりと眠ってしまった。
同じ屋根の下で暮らすようになって約3週間。
初めのうちこそはああだのこうだの引っ越しについて勝手なことをしたロイエンタールの行為に説教くさいことを並べ立て、余計な世話を焼くなと文句を言ってはいたが、最近はまめまめしく器用に世話を焼いてくれることにすっかり慣れてきたらしい。
ことにこうして一日の終わりに、美味い食事と適度なアルコールで腹を満たし、日本式の風呂に浸かって温まり、ぬくぬくとベッドに入る頃にはだいぶガードも緩んでくる。
だがしかし、ここまで必死にお膳立てしておきながら、コトに及べたのはやはり多量のアルコールの力を借りてのたった一度だけだということに、ロイエンタールは呆然としてしまう。
今まで女性とベッドを共にしてセックスに至るまで、こんなに苦労したことなど彼の人生で覚えがない。
幾度幸せそうな寝顔を睨み付けながら、このまま襲ってしまおうかと思ったことか。
ロイエンタールは、ため息を付きながらミッターマイヤーの頭をそっと枕につけてやる。
独断専行で同居まで持ち込んだまでは良いが、最近は蛇の生殺しのような状態に後悔し始めていなくもない。
凡そ『性欲』と言う点ではミッターマイヤーがまだまだお子様だということになかなか納得のいかないロイエンタールなのだった。

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こんなペースで書いていると物語がまったく進展せずにただ二人でいちゃいちゃしているだけになってしまう(^^;;;
果たして3で完結させられるのか??いや、させる、させます。
確かバレンタイン話として始まった筈なんだから、ちゃんとバレンタインまで行かなきゃ…今更だけど(T^T)
少し長くなりそうですが、なるべく今月中完結目指してガンバリマッス。

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