昨年七月、フランスがアスベストの使用禁止を決めた時、フランスでのアスベストによる死者は年間約二千人と報道された。一九七三年頃、ピーク時の使用量が約二〇万トンだったイギリスでは、アスベストによって引き起こされる悪性中皮腫という特殊な癌だけでも、死者が年間千人を越え、今も急増中という。
一方、同じ頃、年間三五万トンを使用していたわが国では、被害者数が不明の上、アスベストによる被害が人種によって差があるかなどという議論さえされている。
なぜこのようなことが起こるのか。
「未然防止」は、環境基本法や環境基本計画の中心的理念であって、わが国の環境行政を支える重要な柱である。今年四月、欧米型の環境行政への移行を意図して改正された大気汚染防止法でも、新たに条文に明記された。
危険性が不確実なものであっても、将来発生する被害を防止するために積極的な対策をたててゆこうという時、アスベストのように、発がん性が明らかで他国で多くの被害者が発生し、各省庁で代替化の必要を認めているものがこのような現状にあることを、関係者はどの様に受け止めているのだろうか。
環境庁では、代替化の政策の必要性は認めながらも、どこまで積極的に具体的な政策に踏み込んでいけるのか、まだ考えがまとまっていないと答えている。
アメリカなどでは、吹き付け以外の建材も規制対象に含まれているのに、住宅が密集し、これだけ大量に蓄積されて解体に伴う環境汚染がアメリカ以上に深刻なわが国では、吹き付け以外のアスベスト含有建材は飛散防止の対象にされていない。そればかりか、破砕するとどの程度アスベストが飛散するか、有害建材の定義をどうするのかなどという議論がいまだに行なわれている状況だ。
建設省では、一九九四年に、環境基本計画に先立って「環境政策大綱」を策定し、環境政策の重要性を認めている。環境基本計画でも、環境への負荷の少ない建材の使用を国民に求めている。
にもかかわらず、規制緩和で輸入住宅に価格の面で対抗するためもあってか、低価格住宅の供給を重視した政策が推し進められ、その結果、安価なアスベスト含有の屋根材が、私たちの住宅の屋根にどんどん使われているのである。
ドイツではすでに一九八二年から、アスベストセメント業界が段階的代替化に取り組み、アスベストの使用をやめる約束をしたという。ところがわが国では、代替化を推進する立場の通産省が、アスベストの販売促進に努める業界の後押しをしていると受け取られるような発言を堂々と行っている。
すでに一九七六年には労働省から代替化を求める通達が出され、通産省を含めた各省庁でも、代替化の必要を認めている。それなのに実際の政策では、JIS製品として認定して使用を促している。
「JISは安全性確保のための基礎ともなっているので、関係省庁とも連携を図りながら進める」としておきながら、労働省の通達や各省庁の代替化の方針を無視して規格認定を行なうことによって、多くの現場作業員の健康を損ない、環境を汚染して、私たちの健康を危険にさらしている責任を、通産省はどう考えるのか。
環境行政を支える基本理念である「未然防止」が、各省庁で全く顧みられていない現状を、アスベスト問題ほど明白に示しているものはない。
「未然防止」とは、あくまでも、その原因を断ち切るという意味でなければならない。有害な物質を今まで通り使用させておいて、それによって生じる被害を事前に防止する政策ではなく、原因となっている物をいかにしてなくすかという政策が重視されなければならない。
原因を断つための具体的な政策に、どこがどうやって踏み出すのか、この点に焦点をあてた政策転換こそ、今切実に求められている。
「未然防止」には多くの人の生命がかかっている。
各省庁は、この事実をもう少し真剣に受け止め、今のように単なる見せかけだけのスローガンに終わらせない努力をする必要がある。
エイズ薬害問題で問われた「行政の不作為」による犯罪は、「未然防止」という理念がありながら、また再び私たちの目の前で繰り返されようとしている。私たちがこれを許せるのかどうか、アスベストが投げかけている問題は、今の私たちにとって、以前にもまして大きくなっているのである。
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