早過ぎた「安全宣言」の謎

その1−悲しい前置き



起るはずのない事故が起ってしまった。
なぜ起ってしまったかといえば、起るはずがないと考えていたことが原因・・・そう言いながら、「しかし、原発に関しては大丈夫」と言う。そう考えている以上は、やはり同じことが起こるってことじゃないか・・・そうなんだなと思う。

こんな人たちに、私たちは、自分や自分の大切な人たちの生命や財産、幸福を全部任せているのかと思うと、本当に情けない。

野中さんは、今回の事故を「近代国家として恥ずかしい事故」と言った。別に、恥ずかしいか恥ずかしくないかということは大切ではないと思うが、それを言うなら、その事故をこのような問題にしか捉えられない、そっちのほうがよほど恥ずかしいと思う。

科学技術庁長官で文部大臣でもある有馬氏は、責任を追及されるたびに「事故の教訓」ばかりに言及していた。まだ、科学者が想定していなかったような大量の放射線を全身に浴びて、生きるか死ぬかの瀬戸際で苦しんでいる人たちがいるときに、何が「教訓」か。

自分たちの責任を問われなければならないときに、ばかな作業員のために事故は起ったのだと発言した知識人もいた。そういう人たちが原子力行政を握っているということがまさに事故を引き起こす原因なのだから、それが続く限り、事故は続く・・・。

静岡県も、本当に恐ろしいことだが、地震防災訓練に原子力発電の事故を想定に入れていない。
原発は、国の安全審査が行われており、地震の際も安全とされているから、事故は起るはずはない、従って事故を想定する必要はないというのが県の「公式見解」になっている。

そして、原子力事故については防災訓練を別にやっている。
平常時に事故が起りうるなら、地震のときのほうがもっと起る可能性があるんじゃないかと言っても、国が大丈夫といっているから大丈夫であると言って・・・。

こんな理屈に合わない説明がまかりとおっているという現実が、恥ずかしい。そんな説明をまかり通らせている国民であることが・・・恥ずかしいというよりも、悲しい。

・・・・ここまでは前置き。本文につづく。


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