1999年7月19日
静岡県公文書開示審査会
会長 牧田静二 様
アスベストについて考える
平成11年5月14日付け循生第30号による「公文書の一部開示決定に係る理由説明書」に対する意見を、次のように提出いたします。
(なおこれについては、先に、同理由説明書に非開示の理由が追加されたことに対して、開示理由の変更にあたるので認められないとの意見を提出し、会長のご回答を求めておりました。事務局より、これについてのご回答は得られない、回答を待つことなく意見を提出するようにという説明を受けましたので、この間の手続は適切なものではないと考えますが、やむをえずご回答を待たずに意見を提出するものです。)
1 対象となっている理由説明書
平成11年5月14日付け循生第30号による「公文書の一部開示決定に係る理由説明書」(平成11年5月19日付け静公審第29号によって送付されたもの。)
2 意見の要旨
(2) 理由説明書は、続いて「人の生命、身体又は健康を事業活動によって生ずる危害から保護するため、開示することが必要であると認められる情報」に該当しない理由について述べている。
「現に人の生命等に危害を与えてはおらず」については、現実的な危害が発生してから情報を提供しても意味がなく、条例がこのような現実的な危険性が発生していることを条件としているわけではないこと、「将来においてもそのおそれも予測されない」については、そのような推測ができる根拠はなく、むしろ安易にこのような予測をすることができると考えること自体に問題があると考えられることから、説明は納得できるものではない。
また、「法に定める排出基準値を十分に下回っており」、「立入検査結果からも違法行為等がなく」と記載されているが、同時に開示された「指摘事項確認書」には「石綿の測定方法が不適正」と記載されていた。
石綿の測定方法が不適正ならば、測定値が法律の規制基準を満たしていると言うことはできないのであるから、事業所に対してこのような指摘を行っていながら「排出基準値を十分に下回っており」「違法行為等がない」と言うことはできないはずである。
このような理由が提示されること自体、県民の信頼を甚だしく損なうものである。さらに、この指摘が行われた以後、改善の確認や指導が行われていなかったと開示された時点では説明された。これにより、県の指導監督が適切に行われていない疑いも生じている。
(3) 一般に、有害物質に対する情報は、住民が自分たちの安全を確保するために必要な情報であることから、その他の企業情報よりも特に非開示の範囲を限定してとらえる必要がある。中でも「特定粉じん」に指定されているアスベストは、発癌性が確認され、大気汚染防止法などにより厳しい規制を受けている。
このような法律による規制の内容から判断して、特定粉じん発生施設を所有する法人の所在や名称を公表することが、企業に対する過度の要求とは思えない。むしろ、大気汚染防止法の規制を十分に満たして企業活動が行われていることを積極的に示す必要があると考える。
また、今回のように基本的な情報を隠したり、不十分、不適切な形で情報が提供されることが、風評被害をもたらす原因になったり、断片的な情報が流された場合に過度の反応を招く原因を作り出すことにつながっている。
このような形で一般社会から目の届かないところに特定の企業活動を追いやることは、かえって企業のイメージを傷つけることになるし、有害物質についての情報や企業の環境情報を積極的に公表してゆこうとする今日の社会的要請からもかけ離れている。
県は、リスクコミュニケーションを推進する立場から、住民に対して正しい知識や適切な情報の提供に努め、地域住民の納得の上に立った健全な企業活動が行われるように配慮すべきである。
「公文書の一部開示決定に係る理由説明書」に対する意見
1 条例の解釈と理由説明書の理由について
静岡県公文書の開示に関する条例(以下「条例」という。)第9条第3号は、「法人その他の団体(略)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの」を開示しないことができるとしている。
次の第4号では、「開示することにより、人の生命、身体、財産又は社会的な地位の保護、犯罪の予防、犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある情報」をあげており、条例は「認められるもの」と「おそれがある情報」を区別していることがわかる。
これら双方の文言を比較してみても明らかなように、第3号によって開示しないことができる情報は、単なるおそれや可能性だけでは足りず、「競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの」であることを示す必要があると考えられる。
理由説明書の理由
ところで、当該「公文書の一部開示決定に係る理由説明書」の「4 非開示とした理由」で、本号に該当する理由として示されている内容を引用してみると、次の部分になる。
これらの、事業所においては、法の規定を順守している状況にもかかわらず、県民に「有害な物質を取り扱っている事業所である。」ということのみの不十分な認識を与える可能性があり、風評による工場の立退き運動や因果関係のない疾病に対する補償請求などが起こりかねず、条例第9条第3号本文の「法人の事業運営上の地位その他社会的地位が損なわれると認められるもの」に該当する。
2 「事業所においては、法の規定を順守している状況にもかかわらず、県民に「有害な物質を取り扱っている事業所である。」ということのみの不十分な認識を与える可能性があり、風評による工場の立退き運動や因果関係のない疾病に対する補償請求などが起こりかね」ないこと
これをみると、理由説明書で示されているのは、「強調されるおそれがある」「不十分な認識を与える可能性」「風評による工場の立退き運動や因果関係のない疾病に対する補償請求などが起こりかね」ないという理由に限られ、単なるおそれや可能性を示しているにすぎない。
これでは、条例で定められている「法人の事業運営上の地位その他社会的地位が損なわれると認められるもの」という理由としては全く不十分であるといわざるをえない。
このような不十分な理由によって本号が安易に適用されることが認められるならば、法人情報は広範囲に非開示情報に該当してしまうことになる。本号の適用にあたっては、単なるおそれや可能性だけではなく、条文にあるように、「地位が損なわれると認められる」理由が示されるべきである。
「現に人の生命等に危害を与えてはおらず」
理由説明書では、続いて、
また、立入検査結果からも違法行為等がなく、条例第9条第3号のただし書イの「人の生活を違法又は不当な事業活動によって生ずる支障から保護するため、開示することが必要であると認められる情報」には該当せず、条例第9条第3号のただし書ウにも該当しないことは明かである。
まず、「現に人の生命等に危害を与えてはおらず」とあるが、同号のただし書アで示されている情報が、現に生命に危害を与えている場合に限られているわけではないことは言うまでもない。
また、もし現実にそのような危害を与える危険性が発生していることを示す必要があるとすれば、危険性についての評価が必ずしも定まっていない有害物質についての情報がこの中に含まれないことになるので、現実にそのような危険性が発生していることを示す必要もないと考える。
「法に定める排出基準値を十分に下回っており」「立入検査結果からも違法行為等がなく」
次に、「法に定める排出基準値を十分に下回っており」、「立入検査結果からも違法行為等がなく」とあるが、同時に開示された、立ち入り検査の際に事業所に対して渡された「指摘事項確認書」には、「石綿の測定方法が不適正」、「適切な措置をとる必要が認められたので指摘します」と書かれている。
石綿の測定方法が不適切であるならば、測定した結果得られた数値が大気汚染防止法で定めている敷地境界基準を満たしているかどうかの判断はできないはずなので、この説明はあまりにも無責任なものであると言わざるをえない。
このような説明は、県民の信頼をはなはだしく損なうものであるばかりか、この立ち入り検査をはじめとする特定粉じん発生施設に対する県の監督権限が適切に行使されているかどうかについても、疑問を感じさせる。
「指摘事項確認書」には「石綿の測定方法が不適正」
この立ち入り検査の際、大気汚染防止法に基づく適切な方法で測定された測定結果が得られなかったものについては、大気汚染防止法に違反していないことを確認するためには、改善の指導をして改めて測定を求めるなどの対応が必要であったはずである。
しかしながら、県はこの「指摘事項確認書」を平成10年2月12日に事業所に渡しておきながら、開示された平成11年の2月8日まで、再度の立ち入り検査など、適切な指導を行ったり、改善されているかどうかの確認もしていなかったと開示の際に説明した。このようなことから判断すれば、県が十分な監督責任を果たしていないことも考えられることになる。
「将来においてもその恐れも予測されない」
さらに加えて、「将来においてもその恐れも予測されない」という判断をしていることに注目するべきである。濃度測定の方法が不適切と指摘しながら、それ以後の指導も十分に行われてこなかったというのに、ここで「将来においてもその恐れも予測されない」と言いきってしまう姿勢自体に大きな問題がある。
大気汚染防止法によって県に与えられている監督、監視がそのような予断を持って行われているとすれば、このような権限が適切に行使されているかという疑問も出てくる。大気汚染防止法によってアスベストが「特定粉じん」とされ、県に対して強い権限が与えられている目的と重要性が十分に理解されていないのではないかと感じる。
このような現状からみても、「現に人の生命等に危害を与えてはおらず、かつ将来においてもそのおそれも予測されない」と断言することが許されていいはずはない。
一般的に、有害物質についての情報は、それ自体が生命や安全にかかわる情報であるし、住民が自分たちの安全を確保するために必要な情報であることから、その他の法人情報よりも特に非開示の範囲を限定してとらえるべきである。
その中でも、アスベストは、発癌性が確認され、特定粉じんとして大気汚染防止法等により厳しい規制を受けているので、これに関する情報については、生命や環境に対しての影響が大きいと判断して、安易に非開示情報に該当することが認められることのないようにするべきであると考える。
大気汚染防止法の特定粉じん発生施設を有する工場や事業所に対する規制は、1989年の同法の改正によってはじめられたものであるが、このような改正が行われた背景には、当時、アスベストを扱う工場等から、大量のアスベスト粉じんが排出されていることがわかり、ずさんな管理の実態が問題となっていたことがあげられる。他方では、アスベスト工場の周辺住民が悪性中皮腫になった事例も報告されていた。
この改正により規制が強化され、ずさんな管理が改善されることになり、周辺へのアスベストの飛散は減少しているとみられるが、中には、改正以後も管理が十分でない場合があるという指摘もされている。
万一、特定粉じん発生施設に課せられている飛散防止のための義務づけや、都道府県等に課せられている監督責任が適切に実行されないとすれば、改正された以前の状態に逆戻りする危険性もあり、周辺住民に与える影響は少なくない。
大気汚染防止法による届出
大気汚染防止法が特定粉じん排出施設の所有者に対して求めている届出は、単なる届出とは異なり、敷地境界基準を満たすことができないと判断される場合には、計画変更命令や、設置に関する計画の廃止や使用の一時停止を命ずることができるという厳しいものである。
このような大気汚染防止法が改正された経緯、規制されている内容から、特定粉じん発生施設を持つ企業の社会的責任を考えた場合、所在や名称などの公表を求めることが、企業に対する過度の要求であるとはとうてい思われない。むしろ、規制を受けている事業所等は、大気汚染防止法の規制を十分に満たして企業活動が行われていることを、積極的に住民に示す必要があると考える。
企業の社会的責任
危険性がある物質を使用して企業活動をしている以上、企業は、周辺住民や社会に対する責任として、法律の求めている義務付けに基づき、少なくとも、どこのどのような工場で、どのような方法によって飛散防止を講じ、適正に企業活動を行っているかということを社会に対して示すべきである。
法人に関する非開示情報を安易に認めることになれば、企業が社会に対して負っている説明責任を果たす機会を奪うことにもつながる。
風評被害を作り出すもの
今回のように、基本的な情報を隠し立てしたり、不十分、不適切な形で情報が提供されることが、風評被害をもたらす原因になったり、いたずらに混乱を招くもとになる。また、断片的な情報が流された場合に過度の反応を招く原因を作り出すもとにもなっている。
突然問題が表面化した時にパニックを引き起こすことがないようにするためにも、日常的に情報提供を行って、お互いの理解を深めてゆく努力をすることが大切である。
リスクコミュニケーションを推進する立場から
また、このような形で一般社会から目の届かないところに特定の企業活動を追いやることは、かえって企業のイメージを傷つけることになるし、有害物質についての情報や企業の環境情報を積極的に公表してゆこうとする今日の社会的要請からもかけ離れている。
むしろ、県は、リスクコミュニケーションを推進する立場から、住民に対して正しい知識や適切な情報の提供に努めるとともに、地域住民の納得の上に立った健全な企業活動が行われるために、企業情報が適切に住民に提供されるように配慮するべきである。