2004年新年の言葉(2004年1月)

「明治5年体制の崩壊」について


あけましておめでとうございます。
新年は新春と言う言葉がぴったりの天候でした。例年では寒い正月であり春というより冬という表現がふさわしいものでした。しかし今年は光が豊かで、陽射しが当たっている限りは暖かさを感じることが出来ました。春が連想されるものでした。思えば、130年ちょっと前には旧暦、太陰暦で自然界と接していたのです。太陽暦、太陽の動きを中心に発想するグレゴリウス暦との付き合いは明治5年(1872年)からといいます。太陰暦の発想からすれば新年は旧正月に当たるのでしょう。今年は1月22日でした。太陰つまり、太陽の光を反射する月の状態を見て暦を作るということです。農業、農耕にとって有効なものでした。なお、太陽暦は牧畜に有効な暦といいます。
 55年体制の崩壊といわれたものが最近の政治・経済の変化でした。最近の季節感の変化とともに、明治5年体制の崩壊とでも言うものがさらに起こっているようです。近代の教育制度の基になった学制が西洋の制度を模範して作られたのもその年です。精神世界の形成に関係する教育がその頃からのものとすると、日常の生活観の基礎となる暦の問題が同じく誕生したことは同じ発想が基にあったのでしょう。西洋崇拝、東洋卑下といったものでしょうか。最近の変革は西洋対東洋の再評価、明治以前の文化の見直しでしょう。自己否定からの解放が行われているのでしょう。
 具体的には、明治以前、江戸以前の文化を見直すことです。今年から始まった大河ドラマの「新撰組!」ではありませんが、江戸末期の西洋対日本(東洋)の対比が議論された時代でしょう。その頃は太陰暦の空気の中で西洋を体験したのです。現代は太陽暦、西洋風の生活の中で東洋を感じています。明治5年体制の崩壊、その対応策は、太陰暦の感覚を取り戻して西洋から東洋への回帰をはかることなのでしょう。
 私は昨年後半からNHK教育テレビで紹介された古武術、そして日本語の東洋的成立の歴史の番組をみて、その流れを感じました。古武術については、末続選手が200メーター短距離走で、アジア人としてはじめてメダルを取ったこと。その基礎になった走法が「なんば走り」でした。それは日本人の走法で西洋流の陸上競技技術が輸入される前に存在したものでした。手と足が一緒に出るという風変わりな、西洋のアポロン的な美学にはそぐわない、不恰好な、論理性が表面的に感じられない形式であったので忘れられていたものです。この走法は末続選手の恩師の高野氏の指導で現実化したものです。その基になったのはNHK教育テレビに登場した甲野善紀氏の活動にあるとのことです。ご興味がある方は彼のホームページhttp://www.shouseikan.com/を見てください。刺激的な内容です。特に日記の部分は注目のものです。また、書家である石川九楊氏http://www.tokyo-np.co.jp/doyou/text/d93.htmlの紹介する日本語の成立史について、特にその文章心理学に関係するものは有意義なものです(NHK教育テレビでの最終回は1月28日夜です)。片仮名やひらがな、そして漢字という三つの表現形態をもつのが日本語であること。その筆記は横書きより縦書きにすることで、より創作力が高まることが紹介されていました。創作力が枯渇しているなどお悩みの方には縦書きで文章を作ることを試みになられたらどうでしょうか。お試みください。

今年も向上の年でありますように。


○2004年における私のクリニックの取り組みを挙げます。

1、勤労者、学生の権利保護を引き続き行います。

  福利厚生面で大きいのは病休ー休職取得権利です。勤労者、学生の義務に忠実な方は普通にいますが、勤労を完遂する為に必要な睡眠休養の時間を体調に合わせて取るようにと、その権利を主張することは少ない、遠慮する方が多いようです。時間、経済的余裕のために常勤者、学生の病休、休職を取得する権利行使に関してのアドバイスを行いたいと考えます。

2、医師ーカウンセラー連携継続、そしてケースワーカーの参加開始

 ケースワーカー(精神福祉士)の医療への参加を積極的に進めます。福利厚生制度の利用は勤労者、学生ばかりか、豊かな社会に生活する我々一般にも不可欠のものです。最近は権利の明確化が法曹界の欧米化とともに急加速しています。この流れに遅れることなく、我々の福利厚生、その権利の明確化を高めなくてはいけないと考えます。そのためには、精神保健福祉士(ケースワーカーの中で、ソーシャルなものである、ソーシャルワーカー)の育成を精神医療の中で行うことを今年の課題とします。皆さんのご理解とご協力をお願いします。

3、アメニティの向上

医院環境としてのアメニティの向上を今年も目指したいと考えます。そのためには、新しいクリニックの創造も考えなくてはいけないと思っています。4年目を迎える今年において、次の3年を考えるために是非とも計画実行したいと思います。ご意見がありましたらご提示ください(メールはこちらです)。よろしくお願いします。

以上です。

今年もよろしくお願いします。


   2004年1月
                                        山下医院  
                                         院長  山下喜弘

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