・・・おかしい。
何がどうおかしいのか、釈然としない思いを抱えたまま、は天官府府第の一角に佇んでいた。
所用のために訪れた天官府は、いつものように官達が職務に勤しんでいる。
実際のところ、所用といっても誰に頼まれた訳でもないし、現に用事など単なる口実に過ぎなかった。
が手にしているのは書類、だがそれすらこの天官府には何の関係もない物だ。
ただ、このところ良からぬ噂を耳にしていて、それが気になり、用事を装って様子を窺いにやってきたのだ。
一見して常と変わらぬようにも見える”其処”。
しかしは、”其処”に確かな違和感を感じ取っていた。
あまり長居をするわけにはいかない。
如何にも用があり、その為に誰かを捜している風には見せかけていても、一女官に過ぎない彼女にはそれ以上の権限など何も持ち得ないのだから。
此処に来てからまだそれ程時間が経っているわけではない、にも拘わらず既に彼女の様子に怪訝な視線を投げてくる者も出始めている。
ただでさえ普段から女官に対して侮蔑の色を匂わせている天官府なのだ、その対象がなら尚更向けられる視線も冷たいものだった。
どこでどう主上を誑かしたのか、どんな姑息な手段をとったのか。
何も知らぬ胎果の”女王”は深慮せず、容易く騙されたに違いない。
何処の馬の骨とも知れぬ流民(正確には傭兵なのだが、矜持高き官僚達にとっては忌むべき存在としては同等の扱いなのだろう)のくせに、苦労してのし上がってきた自分達の清浄なる王宮を汚すなどあるまじき事。
しかも本来立ち入りを許されていた自分達が遠ざけられ、そのような素性の知れぬ者を路寝に出入りさせるなど言語道断。
彼らのへの評価はそこから上がる事はないようだ。
そんな彼らの視線を感じ取りながらも表情には出さず、不穏とも言える胸の詰まりを抱えたまま、は密かに息を吐くと、何事もなかったかのようにその身を翻した。
その先に待ち構えている出来事など、この時にはまだ予測すら出来なかった。
主上の力になる、とそう堅く誓い、王宮に上がったはずだったのに・・・
黒く立ち込めた暗雲は誰にも気づかれることなく、すぐ其処まで近づいていた