さあ台輔、戻りましょう      NEXT(内偵)へ

陽子はが休暇明けの翌日になっても姿を見せないので怪訝に思っていた。
女官長にでも聞いてみようかと思っていた時、ちょうど浩瀚が書類を届けに来た。

「浩瀚、から何か聞いてないか?」
「何か、と仰いますと?そういえば昨日から姿が見えませんね」
「何だ、何も聞いてなかったのか。何でも友人を見舞うとかで昨日休暇を取ったんだが、今日になっても戻っていないようなんだ。今から女官長に連絡が来ていないか確かめに行こうと思っていたんだが」
それを聞いて浩瀚は言い知れぬ胸騒ぎを感じた。
「主上、女官長には私が聞いて参りましょう。・・・それと、の房室を見たいのですが、許可頂けましょうか」
「うん、頼む」
浩瀚は一礼し、退出するとすぐさま女官長の元へ急いだ。
案の定、女官長からは何も聞いていないと戸惑い気味の返事が返ってきた。

無断で休むなど考えられない、の身に何かあったのでは・・・。
浩瀚の腕の中にいても時折魘されているがいた、心の一部に影を持ち閉ざし、浩瀚にさえそれを晒すことは無かった。
得体の知れない不安に襲われ苦しむを見ていながら己はあまりにも無力だ。
きりりと胸が締め付けられる。

抑えきれない焦燥感にかられながらの房室に向かう。
室内は物が少なく、書棚にはぎっしりと本が並んでいたが他はすっきりと整えられていた。
小さな卓子の上には読みかけの本が数冊積み上げられており、その間に何か挿まれている、書簡のようだ。
取り出して中を確認して目を瞠った、心臓がどくりと鳴る。

何故何も言ってくれなかった、何故気づいてやれなかった・・・。

今すぐ楊州に行かなくては、と衝動に駆られ房室を飛び出し、だが何とか思い止まる。
自分は一体何をしようとしているのだ、と自問し、全身の血が逆流しそうになるのを必死に堪える。
(行ってどうする。揚州のどこにいるのか、揚州にいるのかさえわからない。相手の顔も知らない、手がかりも無い。下手に動き回れば・・・)
を更に追い込もうとしてしまっている自分に自嘲する。
自分がこれ程までに動揺するとは・・・。
冷静になれ、今何をしなければいけないか、自分に何が出来るかを考えなくては、と己を叱責する。
浩瀚はそのまま書簡を手に、内殿へと足早に引き返した。






陽子は浩瀚から受け取った書簡を見ると瞠目し、勢いよく立ち上がった。
何か言おうとしているが言葉は発せられず、口を開いたまま浩瀚を見やる、その目は何とか言ってくれと訴えているようだった。
それに答えるように、険しい表情で陽子の手にしている書簡から視線を離さず、低く緊張した声で言う。
の身に何かが起きていると考えて間違いないでしょう」
「・・・何かって・・・一体何が・・・」
漸く陽子もやっと聞きとれる程の声にならない声を絞り出す。
「これだけでは何とも・・・」
ゆるゆると首を横に振りながら浩瀚は視線を床に落とした。
室内はまるで空気が薄くなったように息苦しく感じられた。



陽子は何も考えられずただ唖然とし、浩瀚は顎に手を当て難しい顔で何か考えていた。
しばらくの沈黙の後、浩瀚が何か思いついたように「主上」と低い声を紡ぐ。
「この書簡が宮に届けられたということは」
「何か不自然なことでも?」
「はい、は間諜でありますから宮で女官をしていることは外部の人間には知らせていない筈です。となると、考えられることは」
「宮内に内通者がいるということか」
「はい、そうとしか考えられません」
「そうか・・・最近王宮の外に出た者と新たに登用された者、どこまで絞れるかわからないが、今はそこから調べるしかないな」
「はい、やってみましょう」










夜更けの冢宰府、浩瀚が名簿を調べていると、音もなく黒い影が忍び込んできた。
浩瀚は筆を置くと跪く黒い影に視線を向け、「どうだった」と尋ねる。
「はい、確かに薬屋の娘の行方がわからなくなっているようです。は薬屋に寄り、その後楊州へ入ったと思われますが、それ以後の足取りは掴めませんでした。を目撃した者はおりませんが、閉門後に街道を荷馬車が南下しております。楊州から外に出たとは考えられません」
「うむ、やはり楊州のどこかに居るということだな。ご苦労だった」
「では」と瑛泉は再び闇に溶けていった。

窓の外の月をぼんやりと眺める。
が側に居ないということが、こんなにも自分を不安に陥れるとは想像もしなかった。
改めて自分の弱さを痛感する。

人は皆浩瀚を完璧な人間だと思いこんでいるが、完璧な人間など存在するはずがない。

は自分に課せられた運命と向き合い、受け止め、闘っている。
は強くなったと思う、しかし自分はどうだろうか。
と出会ってから自分は弱くなった気がする、いや元来弱かった部分が表面に出てきたに過ぎないのかもしれない。
自分はその弱さを誰にも見せずに隠していただけだと思う。
(しっかりしなくては・・・)
はぁ、と息を吐きながら、最近溜息が増えたかな、と自嘲の笑みを零し、再び名簿に集中した。







翌日、方卓を囲むようにして深刻な表情の四名がいた。
陽子、浩瀚、遠甫、そして一年前の事件の際にの内情を上手く隠蔽するため、事実を明かされたの姿があった。

名簿から書き出した名は五十名以上、これでは絞り込みも困難だ。

は剣客としては目を見張るものがございます。ですが人質を取られているとあらば、さすがのも手を出せますまい」
和州の乱での戦い振りを見ているが言う。
「相手の目的が解せぬ以上、何らかの動きがあるまで待つしかないということか」
落ち着かない様子の陽子の言に遠甫も頷く。
「楊州であることはほぼ間違いないでしょう。しかし楊州は巧からの荒民も多く、何の手がかりも無しに探し出すのは雲を掴むに等しい」
「やはり今出来得るのは内通者の特定でしょう」
浩瀚は言いながら名簿を捲り、何かそこに鍵がないかと探す。
「だが内通者がわかったとして、その者を捕らえてしまえば外との連絡が途絶えるから相手にわかってしまう。そうなればと人質の命が危うくなります」
うむ、と同意しながらも、あくまでも慎重に、と遠甫が窘め、浩瀚も頷く。
「そうですね。我々が内通者の存在を知ったと悟られた時点で自害する可能性もありましょう」
二進も三進もいかない状況に一同は頭を抱えた。





それから五日後、景王宛の書簡の中にそれはあった。
『明日文官に水禺刀を持たせ、楊州州境にて待て』

と水禺刀を欲するということは、必然的にある人物が浮かび上がってくるのだが。どう思うね」
遠甫の言に陽子がはっと顔を上げる。
「まさか、露斉が!?」
「しかし、露斉はあの場で自害しております」
「うむ、自害した男は特徴が似ていて露斉だと名乗ったそうだな。しかし誰も露斉の顔を知っている者はいなかった。も確認していない。その男が露斉だったという証左はないな」
遠甫の冷静な分析に浩瀚も頷く。
「可能性としては充分あり得ますね」
陽子とはまだ信じられないといった顔をしていたが、最早否定の言葉は口にしなかった。



浩瀚は閉じていた目をゆっくり開くと静かに言った。
「私に行かせてください」
浩瀚の心は既に決まっていた。
内通者の特定も出来ておらず、の内情を考えても表立って動くことは出来ない。
はどう見ても文官には見えないのだから、残るのは浩瀚のみだ。
浩瀚が私情から申し出たのではないことはわかっている、それでも陽子はすぐには結論が出せずに目を閉じたまま暫く考え込んでいたが、やがてゆっくりと瞼を持ち上げた。
「わかった。景麒に頼んで班渠を付けさせよう。内通者は五日以内に外出した者と外と接触のあった者に絞ればすぐにわかるだろう、そちらは私と老師で何とかする。は浩瀚と行ってくれ」
「わかりました」









翌日、浩瀚は騎獣を駆り、楊州手前から徒歩で楊州の門をくぐった。
やがて浩瀚が馬車に乗せられゆっくりと走り出すと、その後をがこっそりと追う。

浩瀚が邸内に入ったのを確認すると、闇に紛れてと班渠が一人ずつ外を守る兵を確実に仕留めていく。
そして邸内に潜り込むと守兵を倒しながら人質を探しだし、救出する。





露斉とが待つ房室に、守兵に連れられ一人の男が入ってきた。
簡素な官服に身を包んだ色白で細身の男は、どこからどう見ても下級の文官にしか見えない。
浩瀚の姿を見てもは顔色一つ変えなかった、粗方予想はしていたのだ。
もしかしたらあの主上のことだ、自ら乗り込んでくるかも知れないと危惧もしたが、現れたのが浩瀚だったので内心では正直ほっとしていたくらいだ。

露斉はちらとに目をやり、に動揺が見られないのを確かめながら耳元で「あの男は?」と聞いてくる。
は全く心当たりが無い風を装い「さあ、見たことがありませんので下位の者でしょう」と白々しく答えた。
露斉はそれを信じたようで、ふっと鼻で笑い「殺されても良い下っ端を送り込んできたという訳か、女王らしいな」と嘲笑の笑みを浮かべた。

浩瀚は困惑気味にゆるゆると水禺刀を掲げ差し出す。
露斉はに「取って参れ」と命じた。
は溜息混じりに「はい」と返事をすると立ち上がり、ゆっくりと浩瀚の前まで歩を進め、水禺刀を受け取った。



の手に渡った瞬間、水禺刀が蒼白く光を放ち、同時に胸の辺りに焼け付くような痛みを感じた。
痣がじりじりと熱を帯びている。
(何なの!?)
は己の意識の中に何者かが侵入してくるのを感じた。
遠い過去に埋もれた記憶が呼び覚まされたかのように、だがその記憶が鮮明に浮かび上がらずの意識を掻き乱す。

『駄目だ・・・我を、主の元へ・・・』
耳の奥に苦しそうに叫ぶ声が聞こえた。

の中で何かが悲鳴を上げ拒絶している、胸が締め付けられるように苦しい。
額に汗が滲み呼吸が荒くなる、激しい動悸と眩暈にもはや立っていられなかった。

その場にいた誰もがその光景に唖然とし、息を呑んだ。
血の気を失い力無く崩れかけたを露斉が支えながら、その手から水禺刀を奪い取り「ほぉ」と感嘆の息を漏らす。
「素晴らしい。共鳴・・・か。これ程までの反応を見せるとは・・・」

露斉はこの上なく満足げに笑み、暫し水禺刀を眺めていたが、やがて顔を上げ浩瀚を顎で指して「殺れ」と命じた。
「やめて!」
当然浩瀚はここへ来る前に剣を取り上げられている、は青ざめ、浩瀚の元へ走り寄ろうとした、が、敢え無く後ろから露斉に腕を掴まれ引き戻されてしまった。
咄嗟に横に置いてあった水禺刀を掴む。
「そんなことをしても無駄だ。たとえお前でも水禺刀を扱うことは出来まい」
露斉はを嘲笑った。


目の前で浩瀚に刃が振り下ろされようとしている。

だが次の瞬間浩瀚の足下が歪んだ。
床から何かがもの凄い勢いで飛び出し、男の手から剣が落ちた。
浩瀚は瞬時に剣を拾うと反対側にいたもう一人の男を斬り捨て、続けざまに扉を守っていた男二人も鮮やかな剣捌きで斬り倒す。
その間にも手にしていた水禺刀で、横に立っていた男が斬りかかってくるのを受けると班渠が男に飛びかかった。

背後から血相を変えた露斉がに襲いかかってくる。
辛うじてかわしたが、先程の共鳴の疲労が残っており身体が言うことを聞かず、一瞬バランスを崩してしまった。

浩瀚が守兵を倒し、振り向いた時には露斉はの首に剣を当てていた。
班渠はいつでも飛びかかれるよう身構えている、だがこの状況では迂闊に手を出せない。
「浩瀚様!・・・っ!?」
無事人質を救出し安全な場所へと匿った後、勢いよく扉を開けて入ってきたもその場の状況を見て立ち尽くす。

は自分の身体から手を伝い、精気が水禺刀へと流れていくのを感じていた。
(力が・・・吸い取られていく。刃が、私の力を欲している)
『血を・・・汝の血を我に・・・目覚めるために・・・』
(私の血?血が欲しいの?)


「・・・何故、誰も駆けつけないのだ」
明らかに狼狽えている露斉を、浩瀚は怒りを露わに睨みつけた。
「外の守兵も全て片づけた。残っているのは露斉、お前だけだ。観念してを放せ」
「・・・・・」
露斉は己の名を言い当てられ唖然とし、暫く状況が飲み込めないようだったが、やがてくくく・・と肩を震わせ笑い出した。

「全て終わりか・・・。ならばせめて、お前を道連れにしてやろう」
露斉がの首に当てていた剣に力を込める。
だが一瞬早く、は水禺刀で自身を貫いた。

水禺刀がきらりと閃く、切っ先がの体の中に飲み込まれていく瞬間蒼白く光を放った。
同時には再び胸の痣が焼けるように熱を持ったのを感じていた。
首に当てられた剣は横に引かれること無く、二人は重なるようにして床に崩れ落ちる。

!」
浩瀚の悲痛な叫びが遠く聞こえた。
の肩口から突き刺さった水禺刀は露斉の心臓を正確に貫いていた。

浩瀚がを抱きかかえ、まだ蒼白く光ったままの水禺刀を抜くと、同時に光が消えた。
だが蒼白い光が消えても尚、の気と血を吸い、狂喜に震えるかのように刃が閃光を放っていた。

「兄・・さん・・・」
の目から一筋の涙が頬を伝い、意識が閉ざされた。

の首と肩からは夥しい出血、浩瀚はそれを布で押さえる。
「班渠、州城まで頼む!」
「御意」








州城に着く頃には水禺刀によって出来た肩の傷は完全に塞がっていた。
首からの出血も治まりつつあったが、大量の失血と共鳴による疲労にの顔は蒼白で気を失ったままだ。
瘍医の話では傷よりも衰弱の方が心配だということだった。
水禺刀との共鳴は想像を絶する程体力を消耗させるらしい。
それでも何とか命は取り留めるだろうという状態だが、当の本人に生きようとする力が感じられないという。
気を病んだ者に極希に見られる症状、即ち目覚めを拒絶している可能性があるというのだ。
瘍医に事情を明かすわけにもいかず、また明かしたところで為す術はないだろう。
浩瀚はただが目覚めるのを信じて見守るしかなかった。





は暗い闇の中を彷徨っていた。
信じられない事、信じたくない事が多すぎて、全てを受け止めるなど出来るはずもない。
現実を背負って生きてゆく自信がない、決心が出来ない。
自分の存在を否定したい、何もかもから逃れたい、夢だと思いたい。
だが夢から覚めた時に、やはりそれが現実だったのだと思い知らされるのが何よりも怖い。
そう思うと夢から覚めるのが怖くなる。
夢ならいい、これは全て夢、夢から覚めなければいい。
果てしない闇の中を、どこまでもただ呆然と歩き続けていた。

どれくらいそうして歩き続けていただろうか、・・・ふと闇の中に小さな炎が見えた。
それはゆっくりと近づいてくると、やがてをふわりと包み込んだ。
とても暖かい、心地よい炎だった。
《目覚めよ、生きるのだ》
声が聞こえ、を包んでいた炎が再び小さくなり闇へと消えていった。
急に温もりが消えて心細くなり、炎を求めは手を伸ばした。





浩瀚は両手での手を包みこみ、見守っていた。
突然の手がぴくりと動き、はっとして思わず手に力が入る。

そっと呼んでみると、の瞼がゆっくりと開いた。
「・・・・・浩瀚様・・・・琳明・・は・・・」
「無事だ。今頃家族の元へ戻っているはずだ」

少なくとも四、五日は意識が戻らないだろう、下手をすればこのまま目覚めないということもあり得ると危惧していた瘍医は、丸一日経たずに目覚めたに「信じられない」とただ驚くばかりだった。
ただやはり憔悴は激しく身体が思うように動かないらしい、結局翌日も州城で安静にしていることになった。
時折目を覚ますといつも脇にはの手を握り、安堵させるように柔らかく微笑む浩瀚の姿があった。





事件から二日後、王宮に戻り自室で養生していたを陽子が見舞いに来た。
「主上、また政務から抜け出していらしたのですか?」
「せっかく見舞いに来てやったのにそれはないだろう。大丈夫だ、ちゃんと景麒と浩瀚に許しを貰ってきた」
「普段の行動が物を言うのですよ」
「うぅ・・・。でも、安心した。ちょっと窶れたけど、いつものだ」
「私はいつでも私ですよ」
「うん、そうだな」

「それにしても話を聞いて驚いたよ。が水禺刀を扱えるなんて・・・これが呪の力か・・・」
しみじみと言う陽子にも「ええ」と同意の頷きを返す。
「そうですね、自分でも驚きましたから。あの時はっきりと聞こえたのです。『我を信ぜよ』と。私の気と血を吸うことで一体になれると。水禺刀が光を放ち私の痣もそれに反応しました」
「そうか、血か・・・だから私と違って傷を負うんだな。尤もあっという間に傷は塞がったらしいが」
「主上、私は・・・自分が恐ろしいのです。私のような危険な者が主上のお側にあってはならないのではないでしょうか」
「何を言っている!は危険どころか私を守ってくれているじゃないか。それは達王の、の父上の遺志でもある。私は達王から水禺刀とを授かった、どちらも掛け替えのない大切な宝だから決して手放したりしない」

陽子ならそう言うだろうとわかっていた、それでもやはり嬉しかった。
は陽子を真っ直ぐに見つめ「主上に永久の忠誠を誓います」と言い、穏やかに微笑んだ。
陽子は少し戸惑ったように「何だか麒麟の誓約みたいだな」と苦笑した。

「そろそろ戻らなくちゃ」と立ち上がった陽子は、最後に怪我人に労りの言葉をかけた。
「ゆっくり養生してくれ。あ、そうそう、これからはの手の届かない所に水禺刀を置いておくようにしなくちゃ」
言われては陽子を軽く睨め付ける。
「主上、私を分別のない子供と一緒になさらないでください」
「そうでなくっちゃ。に深刻な顔は似合わないよ」
くすくす、と二人は笑い合った。



陽子が去り、房室に再び静寂が戻る。
は己の手を見つめ、そして固く握りしめた。
自分に与えられた力が目覚めた。
死んだ両親は重要な話があると言っていた、・・・もしやこのことだったのだろうか。

水禺刀が己と兄の身体を貫く感触がはっきりと残っている、この手で兄を殺めたのだと思うと胸が詰まり目の前が滲む。
そして己の力が水禺刀に流れていくあの不快で恐ろしい感覚が忘れられない。
己が身に課せられた運命を呪いたかった。

だが・・・陽子と出会い、浩瀚と出会い、たくさんの仲間と出会った。
そして今、父、達王の願い通り、水禺刀と共に主への永久の忠誠を改めて誓う。
(私は水禺刀の半身・・・それとも贄・・・。何人も抗えず・・・か)
ならば己に選択肢は無いのだと、それでもいいと思えた。

愛するものがある、守りたいと思うものがある限りもう迷わない。
何があっても守ってみせよう、己が主を、この国を、大切な人を・・・
の瞳にはもはや憂いの影は無く、強い意志を秘め輝いていた。








例の内通者は新米の女御だった。
金に目が眩み、言われるまま動いていただけで、露斉の正体もの秘密のことも詳しいことは一切聞かされていなかったし本人も深く後悔と反省の色を見せたため、解雇されただけで済んだ。
今回の事件についてものことも、全てが闇に封印され、史書に記されることは無かった。