さあ台輔、戻りましょう       NEXT「幻影」へ

「あの方が彼女に・・・いえ、御息女に””という名をつけた所以をお話いたしましょうか」
深い意識の底に沈んだままのの枕許へ、達王が愛用していたらしい翼を広げた龍の帯留めをそっと置きながら、彼は静かに語り始めた。





「私は御息女を実際にこの目で見たわけでは御座いません。何せ、あの方が登極為された時には、御息女は既に居られませんでしたから・・・。
私が朝に上がり、あの方と過ごす時間も次第に多くなり・・・、ある年の夏に、園林にひっそりと咲いていた一輪の花にそっと手を伸ばしながら、あの方は話してくださいました」


『この花はな、拓錬。愛しい我が娘なのだよ』


目を閉じれば、あの時の光景が今でも鮮やかに甦る。
筋張った指が優しくそっと、慈しむように花弁に触れる。
そのほんの微かな振動で、玉の朝露を滑らせたその花は真っ白で美しく、凜としてそこに立っていた。



という名は達王の実娘の名。
その名の由来は・・・ある花の花言葉。


天と地の架け橋、誠実、従順、忍耐、優雅、そして希望。
花言葉が多いというのは、それだけ人々から愛され慕われてきた証でもある。
総じて「貴方を信じ、護ります」という意味を持つ。
昔、崑崙から流されてきた山客が、遠く異国の地では「王の騎士」という意味を持つ言葉なのだと教えてくれたのを、達王は大層気に入ったらしい。
そして産まれてきた娘につけた名。



拓錬はそう教えてくれた。
まさしく、今のに相応しい名だと思う。
そう、慶国の宝重として王の側にある今のに・・・。

決して普通の娘に「女らしく、幸あれ」と願ってつける名ではないのだ。
「王の騎士」という意味を持つということからも分かるように、まるで男子に「逞しく、忠実であれ」と願っているようでもある。

そう考えると、実の娘御を幼くして喪い、その後、王の騎士たる存在を創ったのは・・・。
全ては、偶然などではなく・・・これもまた必然なのか・・・?
たとえ本人にその自覚が無くとも、全ては天が定めた運命なのか?
知らぬ間に、天の示した道を歩まされているのだろうか?

だとしたら、自分もまた・・・。



ざわり、と背筋に走った微かな寒痺に、陽子は思わず身を竦めた。