中学1年の時
小学校6年2月の中学受験が終わり、再び将棋をやるようになった。中学入学時点では1級くらいだったと思う。中学に将棋部があったこともあって、将棋部に入部することは前々から決めていた。
6月に八中学リーグ戦という5人制の団体戦があることを当時主将の古田さんから知らされ、出場させてもらえることになった。当時1級程度しかなかった私が出場させてもらえたのは、経験を積ませようという先輩方の考えもあったであろうが、やはり当時の将棋部の戦力があまり強くなかったことが一番の要因であろう。他にも2年、3年生の先輩方がたくさんいる中で出場させてもらえたのは非常に嬉しかったが、結果は1勝5敗(うち1勝は不戦勝)。全く結果を残せず期待外れに終わり、諸先輩方から呆れられたのはいうまでもない。ただ、私の負けはチームの順位に大きな影響を与えなかったのは幸いだった(大体3−2勝ちか1−4負け、0−5負けのどれかだったので、戦犯にはならずに済んだという意味です)。この年の八中学リーグ戦では実力・実戦経験不足がそのまま結果にあらわれたように思う。
中学2年の時
2年上の先輩達が卒業したことで、ただでさえ弱かった将棋部は更に弱体化してしまった。そんな中で出場した八中学リーグ戦では3−3で五分の星に終わった。前年の結果を考えれば成長したともとれるが、やはりまだまだ弱かったのでしょう。ちなみに当時の棋力は初段くらいだったと思う。
中学3年の時
3年になるといよいよ最上級生ということもあり、チームを引っ張らなくてはならない存在となる。しかし八中学リーグ戦ではチームが良い結果を残せた経験がないこともあって、モチベーションも低かったが、無様な結果だけは残したくなかった。途中必敗の将棋が何局もあった気がするが、結果は6−0で個人賞を受賞。当時二段程度の棋力で全勝とは出来過ぎとしかいえないが、一応3年生の面子は保てたのかな・・・。
ちなみに本当は毎年11月にも秋季八中学リーグ戦があったが、3年間とも期末試験前ということで出場しなかった。当時の主将からみたら「ありえない身勝手な部員」であったと思う。この場を借りてお詫びいたします。