【 流れ落ちる砂よりも尚緩やかに 】
砂地で暴れるもんじゃねぇ。
そう思いながら、悟浄は唾と共に口の中の砂を吐き出した。
大地はその身を大気へと躍らせ、視界を黄土の色へと塗り替えていく。ただ風が吹いただけでもそんな状況なのに、ましてや大の男共が走り回っていれば尚更。
始めのうちは肉弾戦で相手をしていたが、次第にそれも面倒になってくる。なにせ砂は無遠慮に目にも口にも入ってくるのだ。その煩わしさに煙草を吐き捨てたが、それだけでは足りないらしい。
気配で探れば、まだ敵の数は一人頭二十はいる。
(こういう時だけは早めにイっとけってか?)
とりあえず錫杖で間合いに入っていた敵を全て切り捨ててから、悟浄は体の力を抜いた。
それは他者の目から見たら、諦めの態度にも似ていただろう。
手にした錫杖を振るうでもなく、瞼を落として軽く俯いたその姿。
柄の長い錫杖はリーチが長い分、一度間合いに入られれば致命的だ。そう、悟浄の周囲にいた刺客は判断する。
しかしそれこそが彼らの誤算だった。
踊りかかろうとしたその瞬間、耳に届いたのは風を切る音。そして近付く地面。視界の隅に映る悟浄の姿は、一歩たりとも動いていないと言うのに。
悟浄の真後ろにいた右肩に紋様のある男は、驚愕に目を見開いたまま大地を黒く染めた。
(……ひとり)
最初の攻撃で一人しか片付けられなかったのは誤算だが、どうせこの砂埃の中では自分の戦い方など見えなかっただろう。そう思いながら、悟浄は軽く手首を捻る。
それだけで鎖は踊り、次の犠牲者をその刃に掛けた。
(ふたり。)
手首の返しと僅かな角度だけで伝えられる動きが、刃に命を与える。
そんな術を体得したのはいつの事だったか。
無意味な肉片に変わる敵に目を向けることもせず、悟浄はただ無心に気配を追い、そして切り裂いた。
感じる気配の位置に、確実に刃を届かせる。それだけの単純作業を、ただ繰り返す。
熱砂に煌く銀の軌跡。
それは美しくも怜悧な光を放つ、死神の鎌の如く。
傍に在る殺気を残らず飲み込んだ。
「相変わらず……」
「ん?」
見られたか、という表情を寸でのところで押し殺し、悟浄は手の中の錫杖を一閃させて血糊を掃った。
妖力で創られた此の世でただ1つの武器は、それだけで真新しい輝きを取り戻す。それを見届けてから、悟浄は掌で錫杖を霧散させた。その手で懐を探るが、先程の砂埃を思い出したのか悟浄は眉を顰め、水色の紙箱を取り出すことを諦めて空手を下ろす。
「そういやさぁ、後どのくらいで次の街に着くんだっけ?」
何気ない風を装ってはいるが、それは八戒の言葉を遮るには十分の力を持っていた。それが汲み取れぬほど八戒も鈍くはない。
二人は漸く最後の刺客を倒し終わった悟空の方を、揃って眺めた。
「このロスタイムを除いても、2・3時間で行けると思いますよ?それほど距離はありませんでしたから」
「地図上でいけば、な」
「多少の誤差は予測の範囲内ですよ」
「あ、そ。」
取り合えず、今夜の野宿は免れるらしい。悟浄は内心、安堵の溜息を吐く。
少なくとも、同じ空間にいなくて済む。それだけで今の悟浄には十分だった。
「じゃあ、また部屋割り頼むわ」
「……はい」
三蔵サマってば我侭だから。
茶化して口端だけで笑えば、八戒も苦笑で返す。
二人の間に流れる空気の不協和音。それすらも、何れ訪れるだろう時間に比べればまだ甘くて。
『俺さ、三蔵に告ったんだ。』
悟浄は密やかに、目を閉じた。