<序章>
「三蔵」
声よりも先に流れてきた紫煙が、俺にヤツの存在を伝えた。
返事をしたくなくて黙っていたら、ヤツは気にした風もなく俺左隣に陣取り、小さく息を吐き出した。
さも、これから大切な話があるとでも言いた気に。
……聞きたくねぇ。
こういう時、コイツは絶対にくだらないことを言い出すに決まってるんだ。
案の定、ヤツは一つ煙を吐き出してから、口を開いた。
「あんさぁ……俺がいなくなったら、どうする?」
「別にどうもしない。バカが一人いなくなって清々するだけだ」
「……ひっでぇ」
ヤツは笑ったようだった。
見なくても解る。いつも口端に浮かべている斜に構えたアルカイックスマイルではなく、本当に嬉しい時にのみに現れる笑み。
例えば、悟空が正鵠を得るような言葉を吐いた時。無意識に発せられた心臓に直撃する言葉を、受け止めた時。ヤツはこれに近い笑みを浮かべる。
だが、俺は一度としてヤツが嬉しがるような言葉を掛けてやった覚えもない。なのに向けられるその表情が、言葉の代わりに突き刺さる。
「あぁ、でも……」
「なんだ」
「アンタらしくて、安心したわ」
「……言ってろ」
悟浄はそれ以上話を続ける気もないらしく、俺の肩を軽く叩くと、邪魔したなとだけ告げて宿へと歩き出した。
後に残されたのは、ニコチンの匂いと、爛れていきそうなほどの左肩の――熱。
そして、俺という名の抜け殻。
予兆と言うにはあまりにも馬鹿げた会話は、この時の俺には何も気付かせなかった。
気付かせることすら、しなかったのだ。