囚われの御霊

有馬 皐月様


 「うぐぉぉぉぉ!!!!」
  血煙の中、また、一人の若者が崩れ落ちた。
 邪気の漂う迷宮で、また、一つの命の火が消える。
 凄惨な光景・・・ 繰り返される殺戮・・・ 積み上げられる屍と、決して救われぬ魂・・・・
 幾年幾年月繰り返されたか・・・もう忘れてしまった。
 人間を狩る”鬼”としての自分が、未来永劫続く・・・・ 悪夢のような日々・・・・
 (いっそ・・・ 本当に鬼なら・・・)

 天空に住んでいたころの記憶も、もう薄れ掛けてしまった。
 人々に敬われ、地に優しい風を運ぶ自分の姿は、もぅ記憶の奥底に仕舞われたまま・・・
 そのことを思い出す度に、今の自分が哀れで禍禍しくて・・・ いっそ滅びてしまえればと思っても、それさえ叶わず・・・
 また、本心とは裏腹に、人間を狩る・・・・
 (また・・・後悔させてしまう・・・・)

 血と同じ色の朱色の首輪・・・
 禍禍しき鬼の力・・・
 絶え間なく聞こえる怨嗟の声・・・
 自分を自分として感じられなくなる波動・・・
 この首輪さえなければ・・・・ もう一度天に昇り、人間達を助ける風を吹かせることができるのに・・・・
 自分の手では決して外れることのない朱の首輪・・・
 (これさえ・・・・ なければ・・・)

 今日もまた、一組の人間達が目の前に現れた。
 まだ幼さの残る風貌の若武者達。それぞれが刀や薙刀や槍を構えて・・・・
 (駄目・・・ 来ては駄目・・・ また、自我を失ってしまう・・・)
 (優しい風ではなく、すべてを切り裂く突風を生み出してしまう・・・)

 ふと、一人の若武者と目が合った。
 真っ直ぐに自分を見つめる目・・・・ そして、その若武者も、巨大な呪いの力に縛られているのに気付いた。
 弱々しく、今にも消えてしまいそうな命の炎・・・
 それでも、刹那の時間を精一杯、悔いのないように生きようともがく姿・・・
 (この若武者なら・・・・)

 心とは裏腹に、目の前には風の渦が生まれ、突進してきた若武者を迎え撃つ。
 若武者は刀を上段に構えたまま、幾重にも放たれた風をもろともせず突進してくる。
 (駄目・・・ 来ないで・・・・)
 風が若武者を捉え、その姿が旋風の中に消える・・・
 (あぁ・・・ また・・・・)
 絶望が、また私の中に満ちる・・・
 その時、風の中の若武者が周囲の風全てを打ち破り、さらに突進してくる姿が見えた。
 (え・・・ この姿は・・・・)
 若武者の背後には、とても懐かしい姿が・・・・
 (あれは・・・・ そうだったの・・・・ 呪われてはいるけれど、祝福もされているのね)

 若武者は一気に間合いを詰めると、自分に向って刀を一閃した。
 (また・・・ 闇に堕ちる・・・)
 斬られても斬られても、滅びることなく、また新たな呪われた体で復活してきた。
 それがまた続く・・・・
 パキィィィン!!
 (え? なに? ふぁ・・・・)
 白刃は体に触れず、忌まわしい首輪を両断した。
 一瞬にして戒めから解き放たれた体は、邪気の孕まない無垢なる風を紡ぎ出す。
 (助かったの? もぅ闇に堕ちることはないの?)
 戸惑う私の目の前には、先の若武者の優しい顔が・・・・
 (もぅ大丈夫なのね・・・ ありがとう・・・・)
 

 大きな社の中に私は呼ばれた。
 神に祝福された一族と”交神”するために。
 侍従の巫女が、一人の若者を連れてきた。
 (この若者は・・・・)
 そぅ、忘れはしない。
 私を暗い闇から解放してくれた若者・・・・
 「後悔は・・・させないわ・・・・」
 そぅ、彼は私に後悔させなかった、だから・・・・
 彼との交わりが、大きな力を産むように・・・ 精一杯・・・・

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