理由

Charm様


 
血を、呪わぬ日は無かった。
神を、恨まずにはいられなかった。
血染めの剣を振りかざし、人外の鬼どもを斬り続ける。
ただそれだけの、あまりにも短い命。
それでは、何故、俺は生きているのだろう?

桜の花びらが、ちらほらと舞い降りてくる。
儚い命。自分達の一族と似ているかもしれない……

母は、千鶴は当主として死んでいった。
安らかな死に顔で。
「あんた達の苦しみも、悲しみも、全部引き受けていくから」
そう言い残して死んでいった。
最期まで、弱みというものを見せない人だった。
強い人だった。何故、そこまで強く生きる事が出来たのだろうか?
あの、大江山でのことがあった時も、気落ちした様子さえ見せなかった。
俺には、そんな事は出来ない。
せまり来る絶望の中、ただ戦うことのみ強いられて、短い生を全うすることなど……
俺は、嫌だ。

「またここにいたんですか、柊さん」
背後からの声。男の癖に明るく澄んだその声は、樹のものだ。
「いつ見ても、綺麗ですね……ここの桜は。母さんも、ここが好きだった……」
「ああ……そうだな。……なあ、一つ、訊いても良いか?」
「なんです?」
人懐こそうな笑みを浮かべる。俺には、出来ない表情だ。
「辛く、ないか? 戦って、戦い続けて、ただそれだけで、あっけなく死んじまう。
それに……どうせ、俺やお前の代じゃあ、朱点を倒せようも無い。呪いは、解けない」
「そうでもないですよ」
笑みを崩さぬまま、言う。
「結局、人は皆死んでいくんです。それだったら、何を残せるか。……僕は、戦うことで、後に残る者たちに道を開いてやりたい、そう思って「結局、人は皆死んでいくんです。それだったら、何を残せるか。……僕は
「お前は、強いな。俺は……そんな風には考えられない」
「そうですか」
「そうだよ」
一陣の風が、桜を激しく舞い散らせる。
それはまるで、あの大江山での吹雪の様だった。
長くても、後一年もない……たった、それだけの時で、何ができるのか。
だが。
何ができるのか、知りたかった。
 

刀を振り下ろす。
その一振りで鬼の首を刈り取る。鮮血が舞い散る。鬼の血も紅い。人と同じように。
戦うこと。鬼を滅すること。それは造作もないこと。産まれた時から繰り返してきたこと。
刀を収める。
「大丈夫か?」
周りの者に声を掛ける。それは、一族の皆ではない。
「ああ、勿論大丈夫だとも。この程度の雑魚、赤子の首を捻るようなものよ」
肩で息をしながら、大将の男が言う。
明らかに、嘘だ。強がりでしかない。
薙刀にもたれかかるようにして休む女も、弓使いの男も、疲弊しきっている。
皆、普通の人間なのだ。自分と違って。

家を出て一月。流れ着いたのは、結局、何も変わらぬ場所だった。
戦うこと以外、できることなど……何一つとしてなかった。
一族に戻ることもできず、討伐隊選考試合で戦ったことのあった彼らに身を寄せた。
そしてまた、鬼を斬っている。
所詮、家を出ても、何も変わりはしなかったのだ。
「血、出てるよ。ほら、これを巻いとくといい。」
そう言って、薙刀使いの女が布を寄越す。
「正直ね、こんな奥まで来たのは初めてだよ。大将はあんなこと言ってるけど、あんたがいなきゃどうにもならなかった。少なくとも、私は感謝してる。それに……あんた、良い男だしね」
こちらの顔を覗き込むようにして。
「そう言えば、名前、まだ言ってなかったね。私は、お甲。あんたは?」
「柊、だ。」
「ひいらぎ、ねぇ。いい名前だね。……さあ、うちの大将様はまだやる気あるみたいだし、行こうか」
差し出された手を掴み、俺は立ち上がった。

「なんじゃ、ここは? 随分おかしな像があるのぉ」
大将が呆けた物言いをする。そこは、キサの庭と呼ばれる場所だった。嫌になるぐらい、見知った場所。
「大丈夫だ。ここには鬼が寄ってこない」
そこは、いつもなら、無視して通り過ぎる場所。
「では、少し休むとするか、皆、連戦の疲れもあろうことだしな」
そう言っている大将が最も疲れを露にしていたのは誰の眼にも明らかだった。
鏡の如く微動だにしない水面を眺める。
どこからか、ひらりと、木葉が舞い降りる。あの時の桜の様に。
静かに、波紋が広がる。
全ては、あの時のまま、何も変わらない。何も見つけられないまま、こうして朽ち果ててゆくのか……

その時。
不意に、水面が揺れた。木葉が降りたように静かにではなく、ざわめくように。
「危ないっっ!」
背後からの声。
咄嗟に振り向く。
そこには、異形の像が大刀を振りかざす、その姿。
完全に気を抜いていた。瞬間、身体が硬直する。
間に合わない。
思わず、目を閉じる。その途端、軽い衝撃が走る。倒れこんでしまう。
……軽い衝撃?
ゆっくりと瞼を開く。血飛沫が舞うその真中に、……お甲の姿が。
慌てて駆け寄る。
血溜りの中、お甲の右脚が無造作に転がっている。
「あんた、俺を……庇ったってのか……」
「さっきまでは、助けてもらって……ばかりだったからね……お礼としちゃあ、少なかったかい? ……それより、
早く、逃げなよ……あたしはもう、歩くことも出来ないし……ね?」
掠れた声で、捻り出すように。
「なんで! なんでだっ!? 俺は……俺は、どうせ後半年かそこらしか生きられないんだぞ……」
「さあ……なんでだろ? でも、どれだけ生きられるか…なんてね、何かする時に気にしてや…しないよ……」
真っ直ぐに見詰め、ゆっくりと微笑む。血の紅に染まる、凄絶とも言える美。

………………。
どれだけ生きられるかなんて、気にはしない、か。

心の中で唱えてみる。
なんだったのだろうか。今まで、肩に重く、のしかかっていた何かが霧の如くに消えていくような、そんな気が。
天を、見上げる。
異形の像が再び大刀を振りかざそうとしていた。
刀を、抜く。大きく息を吐く。
ぎぃんっ。
風を切り裂かんばかりの大刀の一撃を、その刀身で受け止める。
重い衝撃が身体を切り裂かんばかりに響き渡る。そのまま、返す刀で、異形の腕を薙ぐ。
浅い。腕の痺れが抜けきらない。
「早く、……あんたも早く逃げな……」
お甲が呟く。見れば、大将達の姿はもう無い。
だが。
腹の内は、もう、決まっている。
「嫌だね」
お甲の方へ振り向き、はっきりと口にする。
「こいつらを全部ぶっ倒してやれば、あんたを背負ってゆっくり帰れる。あんたを、死なせやしない」
「何、言ってるんだい……あんただけでも」
言おうとした口を、無理矢理塞ぐ。
「俺は、俺の好きなようにやらせてもらう。俺は、今、あんたを助けたいんだ。それが全てだ」
「……帰ったら、俺が死ぬまで、一緒にいてくれないか?」
お甲が、そっと、頷く。

再び、立ち上がる。振り向き、駆け出す。
異形は四体。
だが。やるしかない。
神よ。
産まれて初めて祈る。恨みつづけた神に。自分を産んでくれた神に。母に。
この一時だけでいい。
力を。
何にも屈せぬ力を。
刀を、背まで振りかざす。
「源太、両断殺っーーー!」


----後書き----
どうも。Charmです。
「家出」した人間はどうなってるのかな?って言う疑問から作成しました。
本来極端にギャグにするつもりでしたが失敗(^^;)
お甲って名前にのみ原型が残りました。お乙とかお丙だと格好悪いんで却下(^^)
この後二人がどうなったかは決めてありましたが敢えて書かないことにしました。
そのほうが、良いかな、と思って。
神様中心の天界ものも書いてみたいなとか思う最近でした。
それでは。

《うたかたの夢》へ戻る