間際。

Charm様


 
「寒い・・・、今日もまた、冷えるね・・・」
茜は、半纏を羽織りつつ一人、呟く。
見上げると、雪が、舞い降りてきていた。真白な雪が。
奇麗なものも、汚れたものも、全て飲み込んで白くなってゆく。
全て、包み込むように。
一つ、ため息をつく。白い息が、世界の白と一緒になって、消えてゆく。

「茜様?、お戻り下さいな、風邪を引かれてしまいますよ?」
イツ花が傘を持って駆け寄ってくる。いつもせわしない娘だ。
・・・せわしないのは、私達か。
生まれ落ちて二年の命。
その二年の間、ただ、ひたすらに戦い続けて。
鬼を斬り続けて。ただ、ひたすらに、一族の悲願の為だけに。
自分が生きていることに、何の意味があるのか。ずっと自分に問いながら、鬼の首を取り続けた。
「大丈夫、こんなことで風邪なんか引きはしないよ。それに、・・・どちらにしてもあと僅かな時・・・好きなようにさせてくれないか」
一瞬、イツ花の顔が歪む。哀しそうに。
「・・・大丈夫ですよ! 茜様はまだまだ顔色もよろしいですし、それにきっと、当主様がバァーンと、朱点をやっつけてきてくださいますって。樹様もいらっしゃいますし。そうすれば・・・」
満面の笑顔を浮かべる。そう言ったイツ花にはもう先程の哀しみは見られなかった。

そう、皆は行ってしまった。
遠く、雪煙の向こう。大江山に。
ちょうど一年前と同じように。

産まれた頃から天才と呼ばれていた。この子なら、きっと悲願を果たしてくれるはず。そう言われ、
ただ無我夢中に戦い続けていた。強くなっていった。
そして、自分と、同じ神から産まれた千鶴と、当主である千鶴の父と、私の父。
行けると思っていた。遠く始祖が敗れた大江山の頂上に。
朱点のまつ、あの山に。

あの時も、雪が降っていた。
流れる血が、どこまでも真紅の血が、真白な世界に飲み込まれていって。
私達は、二人だった。二人で、泣いていた。
互いの親にすがりついて。
巨大な門を、朱点の待つあの門を前にして、力を使い果たしていた。
父に庇われ、辛うじて生き長らえて。
千鶴の父は、最後の鬼と刺し違えるようにして。

私達は、何もできなかった。
悲願を前に、ただ逃げ延びることしか、できなかった。
父の屍を抱えて。

あの時に、私は失ってしまった。
心を失い、戦うことに意味を見出せぬまま、一年を過ごしてきた。
息子には、樹には酷いことをしてしまった。
私以上の素質をもったあの子はきっと、私よりもっと重かったに違いない。
「悲願」という名の鎖が。
だからこそ、あの子にはその鎖を断ち切って欲しかった。私があそこで全てを失ったようにはなって欲しくはなかった。
そう、きっと・・・あの子達はやってくれるはずだ。
千鶴は当主となった。あれだけのことがあっても、悲願の為に尽くす力、目にみえぬ力を、彼女は持っている。
樹はあの時の私と比べれば遥かに強い。目にみえる、凄まじき力。そう、まるで・・・
ふと、気づく。
「なあ、イツ花。本当に、呪いは解けるんだろうか・・・朱点を倒したと、しても」
「そ、そんなぁ、当たり前じゃありませんか、茜様?、心配しなくとも、きっと樹様達が悲願を果たしてくれると・・・」
慌てたようにまくしたてるイツ花を遮る。
「私はね、思うんだ。こんなことに気づくのは、もう残された時が僅かだからろうけどね・・・私達は、一族は・・・いや、朱点でさえも・・・誰かの舞台の上で、踊らされてるんじゃあないかってね」
イツ花はもう何も言わなかった。無言のままだった。

雪に隠れその姿を見せぬ大江山を見つめる。樹は怪我などしていないだろうか?
今までのことが脳裡に蘇る。
優しかった父。一月違いで産まれた、仲の良かった千鶴のこと。
悔いが無いと言えば嘘になるだろう。
だが、私は、私達には振り返る時間すらももない。
ならば、進むしかないではないか。

今になって、気づくなんてね……。

「まあ、いいや。伝えてくれないか。あの子達に」
「何があっても、決して、絶望するなってね。迷ったって、後悔したっていい。もがいて、あがいて、前へ進み続けさえすれば、いつかきっと・・・・・・報われるから」
「茜様・・・?」
イツ花が私の顔を覗き込む。その顔は、私には、もうはっきりとは分からない。
 

「ああ、もう一度、みんなで、あの山の綺麗な桜を見たかったねぇ・・・」


 
----後書き----
はじめまして。Charmと言う者です。
久しぶりに書いた文章だったので何が書きたかったんだか判らなくなってしまいましたが、
死んでいく時の心境ってこんなものかな?と思って……。
ちなみにここに出てくる千鶴もその次の月に永眠しました。
儚いですよね……一生って。
千鶴の方はどう思いながら死んでいったのか、そんな辺りも書きたくなってます。
ほんと、思い入れが入りますね、このゲーム。
それでは。
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