「──あれ?」
緋虎は、ふいに目を覚ました。瞼の向こうから強い光を感じたからなのだが、目を開けたときには既に光は消えており、思わず拍子抜けしてしまった。 「ここは……」 少し重たい感のする頭を振りながら、辺りを見回してみる。 緋虎は、見たことのない部屋に寝かされていた。造りは我が家によく似ていたが、屋敷全体に差し込んでくる光の量が随分と違う気がする。 それに細かい装飾品といい、雰囲気といい全体的にどことなく豪華な印象を受けた。緋虎が今までくるまっていた布団も日頃使っていたモノとは比べものにならないほど柔らかい。 おまけに、やけにいい匂いがした。 と、そこに至って緋虎は気付く。 「あれ……オレ確か……」 死んだ── そう、死んだ筈だ。 緋虎が心の中で繰り返す。確かに今際の言葉も残した。 「死んでも寝坊できないのか、オレは?」 そう言ってから緋虎は、自分の言葉のくだらなさに自ら苦笑する。 「あら、もう目が覚めたんですか?」 ふいに声を掛けられ、ヘンな笑顔のままで緋虎は声のした方に振り返った。 「もっとゆっくり寝てらしてもよろしかったのに」 声の主は、美しい少女だった。 しかも、緋虎にはその少女の顔に見覚えがある。 「君、いや、あなたは……」 ようやく真顔に戻って、緋虎が口を開いた。 「お久しぶりですね、緋虎さま」 少女はゆっくり近付いてくると、緋虎の向かいに腰を下ろす。 「那由多ノお雫……様」 緋虎の言葉に、お雫は小さく笑った。 「もうッ、そんな他人行儀な呼び方……私たちは夫婦じゃありませんか」 「ふっ、ふうふーっ!?」 お雫の言葉に、緋虎は目を見開いてすっとんきょうな声を出した。 「はい」 お雫はそんな緋虎ににっこり笑って頷く。 「そ、そりゃ確かに交神したけど……そういうことなの?」 未だ信じられないという表情の緋虎に、お雫はもう一度頷いた。それから何かに気付いたように、ふいに悲しそうな顔をする。 「それとも緋虎さま、私と夫婦なんてお嫌……」 「いやいやいやいや、そんなことないっ! そんなことないですっ」 慌ててバタバタと手を振る影虎の姿を見て安心したのか、お雫は頬を緩めた。 「よかったです……」 頬を朱に染めて微笑むお雫の姿にしばし見惚れていた緋虎だったが、さっき持っていた疑問を思い出しお雫に尋ねる。 「お雫……さま、ここは一体何処なんですか?」 「あら、もちろん私たちの世界ですよ」 お雫は何を今更という感じで緋虎の言葉に答えた。 「と、いうことは……天国……」 確かめるように呟く緋虎の姿を眺めながら、 「緋虎さま達の呼び方に合わせると、そうなりますね」 お雫は静かに腰を上げ、もと来た方へと帰っていく。 「あのっ……」 「お食事の用意をしてきますね」 困惑する緋虎を後目にお雫はすたすたと歩を進める。緋虎は何かを言おうとした格好のままで固まっていた。 「あ、そーだァ……」 その硬直が解けようかというぐらいに、はたと立ち止まりお雫がくるりと振り返る。 「次から、『お雫さま』じゃなくて『お雫』って……呼んで下さいネ」 そう言ったお雫と目が合い、緋虎の顔がボッと朱くなる。 そんな緋虎の様子を見て嬉しそうに笑うと、お雫はふすまの向こうへと消えていった。 一人残された緋虎はしばし赤ら顔で茫然と座り込んでいたが、 「なんだか……エライことになっちまったなぁ……」 と、小さく息を付いた。その顔は、喜び半分、不安半分といった表情だ。 「……まだ鬼共をぶった斬ってる方が気が楽だぞ、こりゃ」 |