在り方

TATSUYA様

  時が、過ぎていく。
「うぉおおっ!!」
 白刃一閃。鬼が一匹消滅していく。
 怯む鬼共を追い立てるように、隣からは紫紺の軌跡を描く薙刀が疾り、甲高い羽音を伴って背後から飛んだ矢は寸分違わず鬼将の額を貫いた。
 そしてまた、時が過ぎていく。
 身を削り、心を削り、そして命を削り。
 時が過ぎていく。
 もう幾度繰り返したのか、この果て無き行為を。
 そして幾つの魂が俺の周りを通り過ぎていったのだろう。
 祖父には稽古を付けてもらうばかりで、共に討伐に赴くことはなかったが母からその戦いぶりを子守歌代わりによく聞かされたものだ。
 曰く、その剣気は他を圧倒し、その太刀は如何なる鬼も受けること能わずと。
 その母は、美しい人だった。儚く、繊細で、それでいて烈しかった。
 母と共に過ごせた日々は決して長くはなかったが、母の繰り出す薙刀が数鬼の首を刈り取っていく姿は今も鮮明に心に焼き付いている。
「いやぁぁぁっ!」
 また一つ、灯が消える。いや、消したのは俺か。
 こうして剣を振るっていると、時の流れを感じる。それも、普段よりも緩やかに。
 この忌まわしい身体は人としての生き方を許してはくれないが、鬼を討つこの一瞬だけは人間でいられるような気がする。
 可笑しな話だ。最も人間らしくない行為を、人間らしいと感じるとは。
 駆り立てられるかのように地を駈け、剣を振るい、鬼を狩る。
 まるで餓えた野獣、いや、鬼そのものではないか。
 俺と鬼と、一体何が違うというのか。
「はあああっ!」
 だが、近頃はそのような想念さえも剣閃と血風の中に置き忘れてしまったのか、考えることさえ少なくなった。
 ついに心が麻痺してしまったのかとも思う。いや、麻痺したのは俺の魂そのものかも知れん。
「せぃぃっ!!」
 ところが、今の俺の魂は激しく昂揚している。この山に来てからというもの、その高ぶりは増すばかりだ。
 己の中の失われたはずの人間が、叫んでいる。
 『取り戻せ』と。
 この門前に立った今、その声はいよいよはっきり俺自身の体の中を駆け巡っていく。

    『己を取り戻せ!』

 そう、俺は人間なのだ。
 その証のために、鬼を狩るのだ。
 そして今、それを確かめるために此処に居るのだ。
 朱点を討つために。そして人間を、真の己を取り戻すために。
 少なくとも、その為に俺はこの世に在るのだ。
 きっと。


 
あとがき
一応、俺屍の世界観を壊さないように書いたつもりですけどいかがでせう?
実は、製品版持って無くて体験版をやりまくってます。今で5回目。
早く製品版欲しいですー。

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