野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates


東京中央郵便局 『新建築 1995 現代建築の軌跡』


 家の片付けをしていたら、古い手紙が出てきた。
 古いといっても、十年程前のものであるが、日々のあわただしさにすっかり忘れていたのだ。
 それは高校の同級生で、東京で建築の設計をしているAさんからの手紙であった。
 自分の建築観とは異なる考え方のつづられたその手紙になじめず、返事もそこそこに机の中に仕舞い込んでいたものだ。改めて読み返してみて、Aさんのていねいな語りかけ、想いの深さを充分につかめていなかったことに気付き、私は恥じ入った。
 この手紙は、もしかしたら十年後の私に向けて書かれたのではないか、と思われるぐらい今の私の胸に響くのであった。
「あなたの、建築家としての野心は?」同窓会での私の問いかけに対するAさんからの返事が、その手紙にはしたためられていた。

   東京に住むことになり、東京駅に降り立った時、すぐ左角に建つ東京中央郵便局の建築を見たこと。建築を見て感動し、涙を流したのはこの時一度限りの経験であったこと。
 そして、その設計者である建築家、吉田鉄郎の言葉がつづられていた。
 「日本建築の性格は・・・・自然に対しても人間に対しても威張ったり、嚇したりするのではなく、自分を抑えて他と和するものである。・・・・伊勢神宮、京都御所、桂離宮などのような傑出した建築はいうまでもなく、一般の住宅をみても単純というよりは清純を極めたものである。この清純性は美的表現として最も高いものである・・・。ブルーノ・タウトが『日本芸術が人類に贈ってくれた特質、しかも凡ゆる世界の芸術の中にすら見出されえない特質』として『清純』をあげているのは大いに私たちに反省を促すものである」。
 「日本中に平凡な建築をいっぱい建てたよ」という言葉が、この謙虚にして偉大な建築家の最後の言葉であったという。謙虚さだけでも吉田鉄郎の域に達したい、建築を造り上げる時には彼の姿勢に倣いたい、これが現在の私の『野心』です、とAさんの手紙は結ばれていた。
 吉田鉄郎(1894〜1956)氏の代表作は、東京中央郵便局の他に、大阪中央郵便局があり、どちらも今改築計画がもち上がっている。共に建築家有志による保存運動が展開されているところである。
 恐らくその中に名を連ねているであろうAさんに、10年ぶりの長い手紙を書こうと思う。  

 建築家 野口政司
 2007年12月12日(水曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
古い手紙