美しい椅子
野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates


The Chair
 “椅子の詩人”と呼ばれ、生涯に500脚以上の椅子をデザインした、デンマークの家具デザイナー、ハンス・ウェグナーが今年の1月26日に亡くなった。
 92歳という長寿であった。
 “世界で最も美しい椅子”といわれ、故ケネディ大統領が愛用したことでも知られる「ザ・チェア」は素敵な椅子だ。北欧の長い冬、この椅子に座って木肌のやわらかさ、温かさを感じるだけでも時間が気持ちよく過ぎていくであろう。
 他にも中国、明朝の椅子をモデルにした「チャイニーズチェア」。そして牛の角の形の肘かけ椅子の「カウホーンチェア」と「ブルホーンチェア」。さらに孔雀が羽を広げた形の「ピーコックチェア」など、名品と呼ばれる椅子は数多くあり、ウェグナーの作品はニューヨーク近代美術館をはじめ、世界の多くの美術館に永久展示品として収蔵されている。


 ハンス・ウェグナーの名前を知らない人でも、「Yチェア」は聞いたこと、あるいは座ったことのある人が多いのではないだろうか。背中の当たるところの支柱がY字形をしているので、そう呼ばれる「Yチェア」は、ハンス・ウェグナーの代表作であり、世界中で最も親しまれている椅子である。
 私の設計する住宅でも、いろいろ家具を探したあげく、私自身のデザインしたものか、ウェグナーの家具に落ち着くことが多い。東洋の椅子からインスピレーションを受けたウェグナーの家具は、杉と漆喰の家によく似合うし、モダンな洋風のデザインの家にもしっくりとなじむのだ。
 さて、ウェグナーは晩年、老人ホームで生活していた。デンマークの老人ホームは、自分の好きな家具を持ち込むことができるのだが、ウェグナーは数多くの自身の作品の中から「ベアチェア」を選んだという。
 「ベアチェア」は名のとおり、熊に抱きかかえられるようにして座る椅子だ。包み込まれるような安心感を与えてくれる。
 ウェグナーは「完成された椅子はありえない。本当にいい椅子は、永遠に仕上がらないのだ」という言葉を残している。一生涯をかけて、よりよい椅子の形を探し求めたのであろう。
 「ベアチェア」に身をあずけ、“より美しい椅子”を思い描きながら、ウェグナーはあの世へと旅立ったのではないだろうか。

 (ハンス・ウェグナーの回顧展が北島町北村のインテリアショップ
  「プレヴィー」で開かれている。11月11日まで。入場無料です。)


 建築家 野口政司
 
2007年11月8日(木曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より