野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates


しあわせどおりのカナリヤ
チャールズ・キーピング

 東京では空前のマンションブームだという。それもトーキョータワーズ(地上58階、2799戸)に代表される巨大超高層マンションが中心だそうだ。
 負けじと大阪、神奈川でも日本最高層を競うマンションが建設されている。それらの中のあるプロジェクトのキャッチフレーズは “日本を変える 世界が見える”。思わず笑ってしまった。
 世界を見渡してみると、共同住宅の先達であるイギリスでは、1970年代から基本的に高層住宅の建設を中止している。その背景を幻想的な絵と夢のあるストーリーで描いたのがチャールズ・キーピング作の絵本『しあわせどおりのカナリヤ』 だ。
 ロンドンの下町、しあわせ通りの古びたテラスハウスに住む子供、チャーリーとシャーロッテは大の仲よしです。
 再開発でシャーロッテの家が壊され、彼女は高層公営住宅の最上階に引っ越します。取り残されたチャーリーは、シャーロッテがどの住戸に移ったのか分かりません。見上げても同じ形の建物に単調な窓が続くばかりです。
 
  2人でよく行った小鳥屋で金色のカナリヤを買ってきて育てますが、チャーリーは寂しくてなりません。カナリヤは歌がうたえても、いっしょに話したり遊んだりすることができないのです。
 ある時いたずら猫に驚いたカナリヤが逃げてしまいます。チャーリーはカナリヤが高層住宅の方へ飛んでいくのを追いかけます。
 そしてカナリヤがとまったバルコニーの手すりの向こうには、何とシャーロッテが・・・・。
 この絵本が出されたのは1967年で、この年の絵本のグランプリ (ケイト・グリーナウェイ賞)を受賞している。
 このころのイギリスは再開発により、15階以上の高層住宅が盛んに建てられていた。これに対して住み手や社会学者、医学者が痛烈に非難の言葉を浴びせかけている。子供の遊びや健康をうばい、老人の孤独、青年の環境破壊行為を助長する巨大集合住宅は怪物(マスハウジング・モンスターズ)であると。
 この絵本が出た翌年、ロンドンの高層公営住宅の22階でガス爆発が起こり、ついに大ロンドン議会は高層住宅抑止宣言を出すことになる。これ以後、ロンドンの公営住宅は、接地型の中低層住宅が主流となっていくのである。
 50階、高さ150メートルも飛べるカナリヤはいないだろう。日本ではチャーリーは一生シャーロッテを探し続けることになるのであろうか。

 建築家 野口政司
 2006年8月2日(水曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
しあわせどおりのカナリヤ