「○○出版社ですが・・・」あっ、また本の営業の電話だなと思い、もう本を置くスペースなど、これっぽっちも無いのでけっこうですと言いかけた。
 すると、「実はお願いがあるんです。NPO法人里山の風景をつくる会のホームページに出ている『おせち』の写真を使わせてくれないでしょうか」と言う。小中学生用の教材として昭和のくらしと文化についての本を出版するのだが、おせち料理のいい写真がなくて困っていた。たまたま見つけたのがその写真で、年代もののうるし塗の重箱にいっぱいに盛られたおせち料理を見て感動した、ぜひその写真を使わせて欲しいと言うのだ。

 それは、私も印象に残っている写真で、「里山エッセイ」という欄に2年前のお正月に投稿のあったものだ。早速、そのおせち料理をつくった友人のMさんに連絡をとった。
 Mさんのお宅には、幕末〜明治くらいの重箱が残っていて、どんなに貴重なものでも、道具は使ってこそ価値があるというMさんの考え方で、どんどん利用しているとのことであった。
 Mさんはお茶や百人一首、源氏物語などを学び楽しむサークルを主宰したり、近江八幡や鞆の浦などの歴史文化都市を訪れる旅を続けている。季節に合わせた着物姿で会合に出席したりする方で、生き方そのものが日本文化ともいえる女性である。
 そのおせち料理も、金や赤、黒に塗られたうるしの重箱に、黒豆やごまめ、竹の子、こんぶ巻、えび、かまぼこなどが色とりどりに盛られた、それはみごとなものであった。
 おせちは、御節とも書かれ、節句につくられる料理である。特にお正月に備えて用意されるお祝いの献立で、手づくり料理の代名詞ともなっている。そのおせちを入れる重箱に塗られるうるしは、別名ジャパンとも呼ばれ、日本文化を象徴する工芸である。酸やアルカリにも強く、最高級の塗料として、蒔絵や家具、什器につかわれてきた。今や、使い捨て時代のシンボルであるプラスチックに取ってかわられ、漆器そのものにふれる機会も本当に少なくなった。しかし漆黒の闇とも言われるように、うるしの深い味わいは、何にも代えがたい魅力がある。
 新しい年は、日本文化の魅力にふれることから始めたい。うるし塗りのお重に入った、手づくりのおせち料理をいただきながら、新年を祝いたいものである。

 建築家 野口政司
 
2009年12月21日(月曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates

おせち