「いいえ、決してそんなことはありません。あなた方のような立派なお方が兎の茶色の団子なんか召しあがるもんですか。私らは全体いままで人をだますなんてあんまりむじつの罪をきせられていたのです。」
四郎がおどろいて尋ねました。
「そいじゃきつねが人をだますなんて偽(うそ)かしら。」
紺三郎が熱心に云いました。
「偽ですとも。けだし最もひどい偽です。だまされたという人は大抵お酒に酔ったり、臆病でくるくるしたりした人です。面白いですよ。甚兵衛さんがこの前、月夜の晩私たちの前に座って一晩じょうるりをやりましたよ。私らはみんな出て見たのです。」
四郎は叫びました。
「甚兵衛さんならじょうるりじゃないや。きっと浪花ぶしだぜ。」
子狐紺三郎はなるほどという顔をして、「ええ、そうかもしれません。とにかくお団子をおあがりなさい。私のさしあげるのは、ちゃんと私が畑を作って播いて草をとって刈って叩いて粉にして練ってむしてお砂糖をかけたのです。いかがですか。一皿さしあげましょう。」と云いました

と四郎が笑って、「紺三郎さん、僕らは丁度いまね、お餅をたべて来たんだからおなかが減らないんだよ。この次におよばれしようか。」
子狐の紺三郎が嬉しがってみじかい腕をばたばたして云いました。
「そうですか。そんなら今度幻燈会のときさしあげましょう。幻燈会にはきっといらっしゃい。この次の雪の凍った月夜の晩です。八時からはじめますから、入場券をあげて置きましょう。何枚あげましょうか。」
「そんなら五枚お呉れ。」
と四郎が云いました。
「五枚ですか。あなた方が二枚にあとの三枚はどなたですか。」
と紺三郎が云いました。
「兄さんたちだ。」
と四郎が答えますと、
「兄さんたちは十一歳以下ですか。」
と紺三郎がまた尋ねました。
「いや小兄(ちいにい)さんは四年だからね、八つの四つで十二歳。」
と四郎が云いました。
すると紺三郎は尤もらしく又おひげを一つひねって云いました。
「それでは残念ですが兄さんたちはお断わりです。あなた方だけいらっしゃい。特別席をとって置きますから、面白いんですよ。幻燈は第一が『お酒をのむべからず。』
これはあなたの村の太右衛門さんと、清作さんがお酒をのんでとうとう目がくらんで野原にあるへんてこなおまんじゅうや、おそばを喰べようとした所です。私も写真の中にうつっています。第二が『わなに注意せよ。』これは私共のこん兵衛が野原でわなにかかったのを画いたのです。絵です。写真ではありません。第三が『火を軽べつすべからず。』これは私共のこん助があなたのお家へ行って尻尾を焼いた景色です。ぜひおいでください。」
ふたりは悦んでうなずきました。
其の一(子狐の紺三郎) 三幕
****** 雪渡り ******
其の一(小狐の紺三郎)
〜〜二幕〜〜
