「何〔な〕して遁げできた」
「気味悪ぐなてよ。」
「息吐〔つい〕でるが。」
「さあ、息の音ぁ為〔さ〕ないがけぇな。口も無いようだけぁな。」
「あだまあるが。」
「そだらこんだおれ行って見べが。」
四番目の鹿が出て行きました。これもやっぱりびくびくものです。それでもすっかり手拭の前まで行って、いかにも思い切ったらしく、ちょっと鼻を手拭に押しつけて、それから急いで引っ込めて、一目さんに帰ってきました。
「おう、柔〔や〕っけもんだぞ。」
「泥のようにが。」
「うんにゃ。」
「草のようにが。」
「うんにゃ。」
「ごまざいの毛のようにが。」「うん、あれよりぁ、も少し硬〔こわ〕ぱしな。」
「なにだべ。」
「とにかぐ生ぎもんだ。」
「やっぱりそうだが。」
「うん、汗臭いも。」
「おれも一遍(ひとがえり)行って見ベが。」
五番目の鹿がまたそろりそろりと進んで行きました。
この鹿はよほどおどけもののようでした。手拭の上にすっかり頭をさげて、それからいかにも不審だというように、頭をかくっと動かしましたので、こっちの五疋がはねあがって笑いました。
向こうの一疋はそこで得意になって、舌を出して手拭を一つべろりと嘗めましたが、にわかにこわくなったとみえて、大きな口をあけて舌をぶらさげて、まるで風のように飛んで帰ってきました。みんなも、きました。