そこでまた一疋が、そろりそろりと進んで行きました。五疋はこちらで、ことりことりとあたまを振ってそれを見ていました。進んで行った一疋は、たびたびもうこわくてたまらないというように、四本の脚を集めてせなかを円くしたり、そっとまたのばしたりして、そろりそろりと進みました。 そしてとうとう手拭のひと足こっちまで行って、あらんかぎり首を延ばして、ふんふん嗅いでいましたが、俄かにはねあがって遁げてきました。みんなのびくっとして一ぺんに遁げだそうとしましたが、その一ぴきがぴたりと停まりましたので、やっと安心して五つの頭をその一つの頭に集めました。
「なじょだた、なして逃げで来た。」
「噛じるべとしたようだたもさ。」
「ぜんたいなにだけぁ。」
「わがらないな。とにかぐ白どそれがら青ど、両方のぶぢだ。」
「匂ぁなじょだ。匂ぁ。」
「柳の葉みだいな匂だな。」
「はでな、息吐〔いぎつい〕でるが、息。」
「さあ、そでば、気付かいがた。」
「こんどぁ、おれぁ行って見べが。」
「行って見ろ。」
三番目の鹿がまたそろりそろりと進みました。そのときちょっと風が吹いて手拭がちらっと動きましたので、その進んで行った鹿はびっくりして立ちどまってしまい、こっちのみんなもびくっとしました。
けれども鹿はやっとまた気を落ちつけたらしく、またそろりそろりと進んで、とうとう手拭まで鼻さきを延ばしました。 こっちで五疋がみんなことりことりとお互いにうなずき合って居りました。そのとき俄かに進んで行った鹿が竿立ちになって躍りあがって遁げてきました。
其の五