この物語には同人表現が含まれています。苦手な方はご注意を。

えげつないよ1 −原題 ご主人様と召使い− 



とある惑星での地上戦を終え、帝国領へ帰還して半日。
ウォルフガング・ミッターマイヤー大尉は自分の部隊にいた傷兵の見舞いを一通り済ませると最後に個室のドアをノックした。
「ロイエンタール、どうだ?具合は」
返事も待たずにドアを開くと、ストロベリー・ブロンドをきっちりまとめ、淡い色の制服に素晴らしいプロポーションを包んだ看護士が、ベッドの上から慌てて身を起こしてファイルを掴み、ブルウの瞳でキッと侵入者を睨み付け、何事もなかったように部屋を出て行った。
「遅いじゃないか、ミッターマイヤー」
ミッターマイヤーの同僚、オスカー・フォン・ロイエンタール大尉は、ベッドに身を起こして座り、それこそ何事もなかったかの声を出している。
病室に入ってたった数時間だというのに、もうこれか、とミッターマイヤーはため息をついた。
「休暇をもぎ取るのに苦労したんだぞ…って、なんで俺なんかがご指名なんだよ」
「なんでだと?誰のせいで俺は手の皮を剥いたんだっけ?」
「そりゃあ…俺のせいだけど…。卿の面倒を看たがっている人間はいくらでもいるんじゃないのか?」
ミッターマイヤーは唇を尖らせた。
「うむ。ではブロンドにしようか、それともブルネットか。いずれにしろまた悪い噂がたつかもしれんなぁ」
ロイエンタールは器用に片方の眉を持ち上げる。
「わかった、わかった。…この悪党」
むくれながら蜂蜜色の髪をかき回すミッターマイヤーに向かって、ロイエンタールは顎をしゃくった。
「服はロッカーに入っている。着替えさせてくれ」
「何処へ行くんだ?」
ロッカーの中には何時届けさせたのか、きちんとプレスされた軍服がかかっている。
「病院なんかで寝ていたら腐ってしまう。近くの官舎に空きがあった」
「怪我の具合はいいのか?」
「指がくっつかないよう固定してある。両手が使えないから介添えがないと困るのだが」
ベッドに腰掛け、厳重に包帯が巻かれている両手をことさら持ち上げミッターマイヤーに見せつける。
「わかったわかった。何でもすりゃいいんだろ」
再びため息をつきながらミッターマイヤーはロッカーからシャツを取り出した。

地上車を下りると、そこは瀟洒な煉瓦造りの高級士官用官舎の建ち並ぶ一角。
美しく手入れされた植え込みを巡り玄関から中へ入る。
「どこへ手を回してこんな処を借りたんだ?」
「ま、いろいろと」
涼しい顔をしてそう言うロイエンタールに、深く突っ込むのはやめにする。
やたらと藪をつつくと何が出てくるか判らない。
中の調度品は適度に高級感のあるものばかりで、埃のひとつもない。
ミッターマイヤーは、窓をひとつひとつ開け放って外の新鮮な空気を入れる。
朝方降った雨が、大気を清浄なものにしてくれていた。
玄関ホールとリビング、奥にはベッドルームがふたつ。
それにキッチンとダイニングルーム、バスルームという、ミッターマイヤーが持て余すほど広くない、むしろこぢんまりとした住宅だった。
「冷蔵庫は空っぽか〜」
せかせかと家中を探検して歩いているらしいミッターマイヤーにロイエンタールは声をかけた。
「ミッターマイヤー、何をしている、着替えを手伝ってくれないか」
「ああ、すまんすまん」
ロイエンタールの両手の火傷は酷いものだったが、すでに皮膚移植をし、安定させるために固定してある。
今時火傷程度は、それで跡形もなく、後遺症も残ることなく完治する。
だがとにかくがっちり固定されているので身動きが取れない。
所属部隊のオーディン本星帰還がまだ当分先だったし、ミッターマイヤーともどもここ数ヶ月ろくな休みを貰えていないと思ったロイエンタールは、この機会を利用してゆっくりしようと考えたのだった。

オスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤーは、数年を待てば『帝国軍の双璧』と名付けられ、反乱叛徒である帝国の敵、同盟軍に大いに恐れられる存在となるのだが、未だ二人大艦隊を指揮出来る身分ではなく、命ぜられるまま地上戦の指揮にもあたっていた。
今回のロイエンタールの火傷は、混乱を極めた激しい地上戦の最中、故障して投げ捨ててあった大型の銃を手にしたミッターマイヤーから、今にもエネルギー暴走して銃身が真っ赤に焼けた銃を取り上げた際に、そっくり手のひらの皮を一緒に持って行かれてしまったために負ったものだった。
運悪く、複雑な機器類を操作するのに素手だったので、見た目は焼け爛れ酷い有様そのもの。
覗き込んだミッターマイヤーは、眉をしかめた。
「ロイエンタール…、素手であの銃を握ったのか」
「ああ、そのようだ」
「おまえって危ない奴だな」
「…おまえにだけは言われたくないぞ、ミッターマイヤー」
腹の底から本気の声を出したが、どうやらミッターマイヤーには通じていない様子だった。

ロイエンタールに寝間着とガウンを着せるのも、また軍服がきちんとハンガーに掛けられクロゼットに納まるまでも大騒ぎだった。
やれやれ、と居間のソファに落ち着くと、奥からミッターマイヤーが着替えを終えてポロシャツと色あせたジーンズという出で立ちで、乱れた髪の毛を整えようともせずに現れた。
そんな服装になると、途端に彼はティーンエイジャーのようになってしまう。
ロイエンタールはその姿を見て苦笑した。
「お茶にでもするか、ロイエンタール」
ミッターマイヤーは言いながら、キッチンに入る。
「コーヒーはあるがクリームがない…ちょっと買ってくるな」
まるで風のように駆け抜けて、ミッターマイヤーは玄関から消えていった。
数刻の後、街中で新鮮なクリームとついでに焼きたてのマフィンを調達してきて、ささやかなコーヒータイムを過ごす。
それから夕方までの間寝室に風を通し、バスルームを掃除したミッターマイヤーが部屋の灯りを入れながら「腹減ったな」と報告する寸前、玄関のチャイムが鳴った。
「ロイエンタール、なんか届いたぞ」
「うむ、開けてみろ」
届いたのは一抱えもある大降りのバスケットと紙袋で、中からは食べられるばかりになっている食事の皿が幾つかとスイーツ各種、焼きたてのパン、卵や新鮮な野菜と果物、そして冷えた酒が何種類か出てきた。
「うわー、良い匂い。美味そうっ。どうしたんだ?これ」
「今朝知り合いのホテルのシェフに頼んでおいた。卿にシェフまでしてくれとは言わないが、明日の朝はその中にあるもので支度してくれ。簡単なものくらい出来るだろう」
「任せろ。サバイバルは得意だ」
違う、違うだろう、ミッターマイヤー、という言葉は飲み込む。
そのミッターマイヤーは嬉々とした表情でバスケットの中身にのみ心を奪われているのだった。
「腹が減っただろう、支度してくれないか」
「おう」
ロイエンタールにてきぱきと指示されるままに、バスケットに一緒に入れてあったテーブルリネン、ナイフ、フォークをセットし、カップボードからグラスを出し、クーラーにワインを入れ、温めれば良いようになっているものを温める。
二人はしごく和やかに晩餐の席に着いた。ミッターマイヤーは隣に座って、言われるままにロイエンタールの口に料理と酒を運んでやる。ワインは上等で、料理の味も最高だった。
要らないというロイエンタールの分まで洋なしのタルトを食べて満腹したミッターマイヤーは、後片付けの最中からうとうとと眠そうにしている。
ソファに座り込むと眠りこけそうになっているミッターマイヤーの蜂蜜色の頭をロイエンタールは肘で小突く。
「ミッターマイヤー、ウォルフガング、こら」
「なんだよ、ロイエンタール」
「俺は風呂に入りたい」
「もう〜、今さら何言ってるんだよ、もう寝ようぜ…」
「俺も自由に手が使えるのなら勝手に入ってくるのだがな」
言いながら、ロイエンタールは包帯を巻いた手でミッターマイヤーの顔を撫でる。
「はいはい、やらせていただきますとも」
ふらふらと立ち上がり、風呂の支度をする。綺麗に洗ったバスタブに湯を張り、タオルやバスローブを用意した。
そして、ロイエンタールの手が濡れないように、医局で貰った薄いゴムの手袋で包帯の両手を包む。
「これってなんかイヤらしいよな」
「何が」
「いや、なんとなく」
「仕方なかろう、濡らしたら卿が包帯を取り替えるんだぞ」
「ヤだね」
寝間着の下から現れたロイエンタールの裸身は、男の盛りを迎えて眩しいばかりだ。力強い頸から広い肩、胸の厚み、そして姿勢の良い背中、腹から腰にかけて適度に発達した筋肉が美し生き物のように動く様を、ミッターマイヤーは我知らず見惚れていた。日頃気付くことのない圧倒的な身長の差と、己がどのように鍛錬しても辿り着かない造形美をこんな時は強く感じさせられる。
一瞬の気後れの後、湯気の立ちこめるバスルームにその裸身を見送って、ミッターマイヤーはさっさと自分も服を脱ぐ。
言われるまま湯の中に数滴のバスオイルを垂らすと、途端に爽やかな香りが湯気に乗って広がって行くのをいちいち感心しながら、シャワーヘッドを手にして湯の温度を確認する。
ロイエンタールも、ミッターマイヤーの小柄で引き締まった身体の躍動感が好きだった。彼が一旦動き始めると、大柄な兵士達がただの木偶の棒に見えてくる。無駄な贅肉は一片も付いていないのに、鍛え上げられ完成されたものとはどこか違う、何時までも少年のような幼さの残るミッターマイヤーの裸身は、本人にとってみればある種のコンプレックスかもしれなくても、ロイエンタールにとっては堪らなく愛しいものだった。
大きな海面にいっぱいの泡を立て、ミッターマイヤーはロイエンタールの身体を必死に洗い上げる。
「ここも?」
「当然」
言葉の通り、当然という顔をしてロイエンタールは軽く脚を開いて立っている。
ミッターマイヤーは、ため息を付きながら腹から下へ海面を移動させて行く。
「おとなしいんだな」
「あたりまえだ、風呂で洗うたびに暴れてたまるか。それに…」
「ん…?」
ミッターマイヤーはまるで腫れ物に触るかのようにロイエンタールの雄をそうっと泡で包んでいる。
「そんな下手なやり方では勃つものも勃たんよ」
「悪かったな、下手でっ!」ミッターマイヤーは、膨れて思い切り指先に力を込めた。
「いててっ、何するんだ。そこまで使い物にならなくなったら責任取って貰うぞ」
「イヤだね。それに日頃思い切り凶悪なんだから少しくらい大人しくなった方が世の中の為だ」
二人はわいわいと騒ぎ、ミッターマイヤーは蜜色の髪の先から汗が滴り落ちるくらいに汗だくになりながら、それでも元気にロイエンタールの全身を洗い上げ、髪を洗ってやる。
ざっと全身をタオルで拭ってバスローブを着せかけると、自分も大慌てで汗を洗い流してバスルームを出る。
喉が渇いたと言うので氷を浮かべたミネラルウォーターのグラスにストローを差すと、ロイエンタールはグラスから直接飲むという。
「幼児じゃあるまいし、そんなもので飲めるか」
「まったく我が侭だな、もう」
「なんなら卿の口移しでも良いぞ」ロイエンタールは、にやりと笑う。
「アホ抜かせ!」
ミッターマイヤーの手が支えてやるグラスから、ロイエンタールは美味そうに冷えた水を飲む。
最後にまた寝間着に着替え、ベッドへ入れてやり、やれやれともう一つのベッドルームへ引き上げようとするとロイエンタールが手招きをする。
「まだなんか用があるのか?」
「煙草吸わせてくれ」
「ヤなこった!」
「ずっと我慢してたんだぞ、寝しなの一服くらいさせろ」
包帯の巻かれた手をひらひらとさせながら唸るロイエンタールに、ミッターマイヤーは大げさなため息を付きながら煙草を銜えさせてやった。
「そんなとこに突っ立ってないで、ここで休んでいたらどうだ」
備え付けのベッドはどちらの部屋のものもダブルサイズ。ミッターマイヤーは疲労と眠気に勝てず、ロイエンタールの隣に身体を滑り込ませた。
ロイエンタールが煙草を吸い終わらぬうちに、ミッターマイヤーは心地よさそうな寝息を立てて眠ってしまっている。
ロイエンタールは、辛うじて動かすことの出来る指先で器用に煙草を消すと、灯りを落とし、まだ湿り気の残る蜜色の髪に鼻先を埋めるようにして眠りについた。

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