翌日もミッターマイヤーは、身体の動かせないロイエンタールに気を遣い、かいがいしく世話をしながら大人しく隣で一緒にテレビを観たり、音楽を聴いたりしていた。
いつの間にか気持ちよさそうにうたた寝したりもしていたが。
朝も昼も、簡単な食事を用意し食べさせ片付けものをし、お茶と甘いものの支度をしていればもう食材が届けられ、ディナーの準備になる。
三日目にもなるとだいぶ要領を得るようになり、介添えも板に付いてきた。
ひとつのことしか目に入らず時間のかかっていた家事も、いろいろ平行してこなせるようになっている。
届けられた夕食を早めに済ませると、キッチンで皿を片付けている間に風呂の支度も出来ていた。
最後の夜ということで、リビングのテーブルの上に、特別に注文したオードブルとクーラーにワインもセットしてある。
風呂から上がったらリビングで宴を催すつもりらしい。
「今日で休暇も終わりなんだからゆっくり飲むぞ。卿はあまり飲まない方がいいがな」
嬉々として準備するミッターマイヤーに、ロイエンタールは苦笑する。
ミッターマイヤーに頼らずとも、なんとか指先でグラスを持ち上げることくらいは出来るようになったので、ロイエンタールはゆっくりと休暇打ち上げの宴に付き合った。
ミッターマイヤーはと言えば、これでやっかいな介添人から解放される嬉しさからか、楽しく酔うことに主眼があるらしく、三日間我慢した分の酒量はかなりなものになっている。
「おい、ミッターマイヤー。そんなペースで飲んでいると酔い潰れてしまうぞ。俺は介抱なんて出来ないんだからな」
「わかってるって、大丈夫。もしもの時はここへほっといてくれて良いから」
ちょっと弛緩したような微笑みを浮かべ、ミッターマイヤーは金茶の睫毛をしばたかせている。桃色に染まった頬の辺りが酷く少年っぽかった。
「駄目だ。今夜はまだして貰うことがあるんだから…」
言葉の最後は、二人の唇の間に挟まれて聞こえなかった。
ミッターマイヤーは、酔いが回っていることと、この三日間まったく無関心を装っていたロイエンタールの慎重な行動にすっかり油断していた。
歯列を越えて絡まってくる生暖かい舌は、残っているはずの理性を奪ってゆく。唇を合わせる角度を変えようとして僅かに離れるたびに顎から首筋へと唾液が流れ落ちる。それがどちらのものなのか判るはずもない。
長い長い接吻の後、鳩尾から腰にかけて熱い痺れが広がったミッターマイヤーは、身動きすることも出来ずに、ズルズルとソファの背から滑り落ちて床に座り込んでしまった。
「…ま…だ、…すること…って、…なんだよ」
予想はついたが、いちおう聞いてみる。
「三日も我慢したんだぞ。何度キッチンで後ろから襲いかかろうと思ったことか」
ロイエンタールは、再び軽く接吻を繰り返す。
「風呂場で騙すのはもっときつかった。我慢のご褒美が欲しいな」
「何がご褒美だ。やめろっ、ロイエンタール。重いっ!」
「ここが嫌だったらベッドへ行こう。よくも昨日も一昨日も俺の横で知らん振りして眠りこけてくれたな」
言いながら、ロイエンタールはパジャマの上からミッターマイヤーの下腹に触れてみる。今の接吻で反応があったのは確かだった。
「バカッ、触るなよ!」
ミッターマイヤーは漸く運動機能を回復して身を捩らせる。だが、ロイエンタールの白い両手が目に入るといつものように盛大に暴れることが出来ない。
「明日からはまた前線に戻るんだ。やらないで死んだら悔いが残るだろう?」
「どういう理屈だ、それは」
「難しく考えなくて良い。最後のご奉仕だと思えばいいから」
ロイエンタールは、最高に凶悪なニヤリを口許に浮かべ、包帯の巻かれた白い両手をミッターマイヤーの目の前に翳す。
「その手、いっそのことなくなった方が諦めがついて良かったのに…」
ぶつぶつ言いながらも、ミッターマイヤーはロイエンタールの後を付いて寝室へと向かった。
ロイエンタールはベッドに悠然と横たわって、パジャマを脱ぎ捨てるミッターマイヤーを眺めている。
今気付いたが、どうりで今日はロイエンタールはガウンの下に何も着ていないのだった。
「どうするんだ?俺は」
酔いの勢いもあってやることが大胆なミッターマイヤーは、ロイエンタールの腹を跨ぎ、覆い被さるようにして尋ねる。答える代わりに、ロイエンタールは蜜色の頭を抱き寄せて再び唇を合わせる。
「最初から入れるのがきついなら、濡らした方がいい」
腹の上で座り込んでいるミッターマイヤーに向かってこともなげに告げる。
少しのタイムラグの後、何のことを言っているか理解したミッターマイヤーは頬に血を昇らせた。
ことセックスに関して、ロイエンタールには遠慮もタブーもないらしい。寝転がっているとは言え主導権はしっかり握っている。
いやだと言っていられる状況ではなさそうなので、ミッターマイヤーはそろそろと身体を移動させた。女と違う身体で凶器以外の何ものでもないものを受け入れるには、極力苦痛を排除したい。なんのかんのと言っていつもロイエンタールはミッターマイヤーに苦痛ではなく快楽を優先して与えてくれる。しかし、それを自分で準備することになるとは、勝手が違ってただ途惑うばかりだった。
ロイエンタールはすでに力を持ち始めている。ミッターマイヤーが、ぎこちない指先で包み込むと、ますます固さが増してゆく。ミッターマイヤーは、もう一度自分を見つめているロイエンタールを見上げた。希なる青と黒の二色の瞳は、見たこともないほど優しく穏やかに輝いていて、躊躇することが出来ない。
意を決して、唇を寄せロイエンタールを口に含む。そろり、と舌を動かすと、口の中の粘膜を通して力強い脈動が伝わってくる。
「…ッ、ミッターマイヤー、歯を立てては駄目だ。もっとゆっくり、奥まで呑み込んで…」
文句を言おうにも言える状態ではない。もし唇を離したらまた最初からやり直さねばならないような気がして、ミッターマイヤーは黙って行為を続けた。
「ミッターマイヤー…ウォルフ」
暫く必死に舌を動かすことに没頭していたミッターマイヤーは、ロイエンタールのやや掠れた声を聞き取ることが出来なかった。
「も…う…、ミッターマイヤー」
ロイエンタールは、いきなり腰を引いてミッターマイヤーから離れた。
「もう、いい。十分だろう」
「……」
柔らかな髪の生え際に汗が浮き出て、上気した頬がうっすらと染まっているミッターマイヤーは、日頃の子供っぽさが消えて、ドキリとするほどの色気を感じさせる。
再びロイエンタールを跨ぎ、膝立ちになって両手をシーツに付き、ゆっくりと腰を落とし始めた。
「息を吐きながら、ゆっくりでいい」
「…わかってるよ。…んなこと、急いで出来る…もんか」
とにかくミッターマイヤー自身が潤っている訳ではないので、どうしても圧迫感が何時もより大きく感じられるらしく、遅々として動きは進まなかった。
眉を寄せ、睫毛を伏せて、苦悶に近い表情を滲ませながら揺れるミッターマイヤーの額に、濃く色を変えた蜜色の髪が汗で一筋、二筋と張り付く。その光景すら酷く扇情的で、ロイエンタールの背骨から腰にかけての神経を熱く疼かせる。
「ミッターマイヤー…もう、待てない…」
いくばくかの時間の経過の後、そう宣言するとロイエンタールは上半身を起こし、ミッターマイヤーの両脇を掬うようにして腕を入れて抱え上げた。
「ッ!…あああっ」
実際は自らの重みで落ちたのだが、じりじりと広げていた場所を思い切り突き上げられるような衝撃に、ほとんど悲鳴に近い声を上げ、ミッターマイヤーはロイエンタールの頸にしがみついた。
ロイエンタールは、包帯に包まれた手の先に負担をかけないようにしながらミッターマイヤーを抱き上げ、器用に抽送を繰り返す。ミッターマイヤーはと言えば、もがこうにもがっちりと背を抱かれ、押し寄せてくる律動から逃れることが出来ない。しかも、二人の身体に挟まれる形の彼自身は、激しい摩擦に晒されて瞬く間に上り詰めていった。
「もう、もうっ、…あ、ああッ、ロイエンタールッ!」
縋るものを求めて、ロイエンタールの背中に爪を立てる。
果てると同時にミッターマイヤーの内部に狂ったように締め付けられ、堪らずにロイエンタールも極めてしまう。
汚れた腹の上のものをシーツで拭い、俯せたミッターマイヤーの背中にキスの雨を降らせる。
「まだだ、ミッターマイヤー。膝を立てて…」
ミッターマイヤーは殆ど意識のない状態で、言われるがままに膝を立てる。
固く引き締まった双丘へもキスをすると、たった今ロイエンタールを受け入れたそこは柔らかく綻んでひくりと震えた。
ロイエンタールは、極めたばかりだというのにもうすでに力を取り戻している己自身を再びゆっくりと挿入していった。
ミッターマイヤーは、どうやら朝を迎えているらしいベッドの上で、重たい目蓋を無理矢理こじ開けた。
前戦での激務、三日間の介護生活、その上ロイエンタールの欲望の捌け口にされた身体ははっきり言って水を吸った真綿のように疲れ果て、ずきずきと痛んでいた。
しかも汚れたまま寝てしまったので、これもまた気持ち悪いことこの上ない。
気分は最悪の朝だった。
「何時まで休暇気分でごろごろしている、ミッターマイヤー。帰るから早く起きないか」
傍らにきちんとプレスされたシャツを着込んで佇んでいるのは、もしかしなくても、オスカー・フォン・ロイエンタールだろう。
ミッターマイヤーは、がばっと跳ね起きた。
「ロ、ロイエンタールっ!」
「そんなに大声を出さなくても聞こえる。おはよう、ミッターマイヤー」
「そそそそ、その、手、手ッ!」
ミッターマイヤーの指さす先には、軍服の上着を腕に掛け、白い手袋をはめようとしているロイエンタールの手があった。もちろん何事もなかったかのように、包帯もなく、何時も通りに優雅に動いている。
「ああ、この手か。培養皮膚の移植で三日は固定していなくてはならなかったが、三日経ったら包帯を取って良いと言われていた。綺麗に治っているぞ。見るか?」
「貴様ぁ、知ってて教えなかったなッ!」
「おや、教えてなかったか?」
「よくも平気な顔して人のことを三日間も酷使してくれたな」
「当たり前だ。誰のせいで手が使えなくなったと思っているんだ」
「俺は…俺は、もっとおまえが重傷だと思ったから…」
ミッターマイヤーは、言いながら再びベッドへひっくり返った。
所詮こいつはこんな男だった。騙された自分が悪いのだ。
「重傷だったぞ。三日も手が使えなかったんだからな。感謝してるよ、ミッターマイヤー」
「うるさいッッ!俺は、本気で心配して介護してやったんだぞ!」
「だから本当に介護が必要だっただろう。もっと具体的に感謝して欲しいのか、ウォルフ」
のし掛かってきそうなロイエンタールの脇の下をくぐり抜け、ミッターマイヤーは逃げようとした。だが、かくりと膝の力が抜けて思わず床の上で尻餅をつく。
「こ、腰が立たない」
「そんなところに座っていると冷えて子供が出来なくなるぞ」
くくっと珍しく声を上げてロイエンタールが笑う。
「ふざけるな、ロイエンタール。誰のせいだと思ってる!」
「ではあいこだな。それに、俺の背中には新しい傷が随分増えているようなんだが…」
「バッ…バカヤローッッ!何があいこだッ!」
休暇明け、ちょっとびっこをひきながらミッターマイヤーは基地まで戻って行った。
自分、ウォルフガング・ミッターマイヤーは、もしかして一生の不作な友人を作ってしまったかもしれないと悶々と考えていた。
今さら思っても後の祭りだったかもしれないが。