この物語には同人表現が含まれています。苦手な方はご注意を。

ただ美しく闇を纏いて 黎明編4 

by 獅子丸



当初、光の差さない城奥にミッターマイヤーの部屋を置いた訳は、身体の変化によって太陽の光に弱くなっていたからだったが、それもようやく慣れ、精神的にも落ち着いてからは城の中を自由に歩くようになった。
古城の周りは、昼間でも霧が立ちこめていて強い光を遮るようになっていたが、それがロイエンタールらの力かどうかは判らない。
闇に慣れた眼はその朧気な光でさえ眩しく感じ、肌を灼かれる感覚に驚いたミッターマイヤーだったが、最近は深夜以外にも早朝や夕暮れ時には城の庭や近くの森を散策出来るまでになっていた。
満月に間近い月が煌々と辺りを照らす中、軽やかな足取りで手入れの行き届いた庭の植え込みの間を歩いている小柄な姿を、ロイエンタールはその美しい金銀妖瞳を細めながら眺め遣る。
緩く癖のある蜂蜜色に輝く髪が、月の光を反射して眩しい程だ。
やがて、その軽快な姿はロイエンタールの佇むテラスの下まで来て立ち止まった。
「やあ、居たのか。ロイエンタール」
「ミッターマイヤー、楽しそうだな」
「ああ。外の空気がこんなに気持ち良いものだとは思わなかった。俺もいずれは太陽の光が大丈夫になれるか?」
「心配するな。だが、無理をすることもない。明るい間は眠っていたらどうだ?」
「莫迦だな。それじゃ夜になったら眠れないだろ」
夜に生きる一族になったというのに、いかにもミッターマイヤーらしいその言い種にロイエンタールは片頬を緩めた。
束の間の穏やかな二人の時間であることは、どちらも判っていて口には出さない、そんな日が幾日か過ぎた。

そして。
月が満ちる。

一族としての血が濃いロイエンタールにとって満月は特別な時間だった。
何故彼等一族の生理や行動が月に支配されるかは謎だが、人間の本能として眠る欲求のほとんど無くなった身体は、まるでエナジィが奪われるかのように酷く渇く為に新鮮な血を欲する食欲、そして全身の血が滾るような性欲に満たされる。
まだ昇りきってすらいない月を待ちきれぬとばかりに、傍らのミッターマイヤーを欲する行為を止めようもなく、性急に柔らかな髪に指を絡め、唇を合わせる。
「ウォルフガング…」
唇越しに注がれるその囁きに、金褐色の睫毛が震える。
啄むような接吻から、激しく深いものへとなるに連れ、それはミッターマイヤーの官能を呼び覚まして行く。
「ロイ…エンタール…」
名を呼ばれ、ようやく掠れた声を漏らす事の出来た白い喉へ舌を這わせながら、ロイエンタールは金銀妖瞳の視線を上げる。
グレイの瞳は窓越しに覗き込む満月を見つめたまま、言葉を続ける。
「どうして…俺を、助けた?」
数え切れない程繰り返されてきたその質問だったが、以前までの悲痛な響きはない。
寧ろ穏やかに、何かを確認するかのようにも聞こえる。
「愛しているから」
桜色の耳朶を尖った歯先で甘噛みしながら、何の迷いもなくロイエンタールはそう答える。
その声も意味も、多分今までと何も変わらない。
「以前のお前には、大切なもの、愛するものがたくさんあった。お前はきっと俺と出会わなくても幸せな人生を歩いていたに違いない」
そう囁きながら、長い優雅な指先は白い胸に息づく淡い色の飾りに触れる。指の腹で擽ると、それはやがて明確な形となりミッターマイヤーに息を呑ませる。
「俺はお前と出会って沢山のことを知った。愛すること、愛されること。なによりも、自分の命よりも大切な命があること。その為なら自分の命など惜しくないこと。みんなお前が教えてくれた」
言葉の合間にも唇からの淫靡な音と指先から快楽の在処を見つけ出そうとする動きは止まらない。
ミッターマイヤーは、押し寄せてくる快感の波に浚われまいと踏ん張りながら、衝撃的な再会から後のロイエンタールは、以前よりも遙かに饒舌なことにようやく思い至った。
「俺がハイネセンで死んで…目が覚めてからずっと、会いたかったのはお前だけだった。お前が幸せだったなら、我慢したかもしれない。だが、お前は生きながらにして死んでいた」
ロイエンタールは身体を起こすと、ミッターマイヤーの色を帯び始めた瞳を覗き込む。
「失うものの何もない人間を守るのは難しいものだ。お前の周りの人間は、お前を守りきることが出来なかった」
「お前を助け、俺と共に生きて欲しいと願うことが俺のエゴだと言われるのは承知の上だ。それでも俺はお前が欲しかった」
「愛してる、ミッターマイヤー。俺にはお前しかいない。お前しかいらない」
じっと目を見開きその声の語る言葉を聞いていたミッターマイヤーの瞳に、透明な泉が丸く盛り上がり、両のこめかみを伝い落ちて行く。
かつて、このオスカー・フォン・ロイエンタールという男が言葉を尽くして人を説得しようとしたことなどあっただろうか。
ただひたすら、望まなかったというだけの理由で自分はロイエンタールを拒み続けた。
己が許せないのは忌まわしい肉体−からだ−などではなく、浅ましい精神−こころ−だった。
こんな自分に、これほどまでに純粋で深い愛情を受け入れる資格など無い。
涙で濡れた頬に白皙の頬が寄せられる。
身体の奥深くを穿たれる衝撃に、ミッターマイヤーは小さく声を上げる。
「愛してる。…もう、いい、ミッターマイヤー。俺はこの言葉をお前に伝えたかった。何よりも、誰よりも、お前を愛してる。それだけだ」
刻まれる律動に、我を忘れてミッターマイヤーは哭いた。
生まれて、生まれ変わって初めて、彼は自ら進んで身体を開き、求められること総てに応えようと懸命にロイエンタールを受け入れた。
寝台の上で獣のように二人は求め合い縺れ合い、繰り返し絶頂の波間を揺れ続けた。


古い振り子時計が深夜を越えた時刻をゆったりと指している。
かなり傾き初めてはいたが、それでもまるで真昼のような月の光が、開いた窓越しに部屋の中に満ちている。
ミッターマイヤーは、乱れたシーツの中からゆっくりと身体を起こした。
長い睫毛を伏せて微睡むロイエンタールの端正な横顔を、暫くの間じっと見つめていたその淡いグレイの瞳に再び涙が浮かび、頬を一筋流れ落ちた。
「会いたかった…、ずっと。ずっと、ただお前のことを考えていたよ、ロイエンタール」
愛している、とひとこと告げれば、そう答えれば済む。だが、そのひとことが言えなかった。
やがてミッターマイヤーは、寝室を出ると服装を整え始めた。
最後にもう一度、寝室に向かって話しかける。
「だけど、ロイエンタール。ごめん、俺はどうしても…許してくれ」
振り切るように踵を返すと、ミッターマイヤーは足早に城を抜け出した。

城の庭から森へ向かって遠く駆けて行く姿を部屋の窓から眺めながら、ロイエンタールはグラスに注いだ火酒を煽る。
暫くすると音もなく老執事が部屋へ入ってきた。
「お館様。帝国の高官が町に入っております」
「そうか、やはりな…」
「如何いたしますか?お任せ下されば追っ手をかけますが」
「構うな。ああ…俺に何かあればこの城はどうなる?」
「は?」
「いや、いい。下がれ」
「はい」
ロイエンタールは、輝く月の光を浴びながら、長い間窓辺に佇んでいた。

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