この物語には同人表現が含まれています。苦手な方はご注意を。
ただ美しく闇を纏いて 黎明編1
by 獅子丸
静かな屋内にけたたましい音が谺する。ガラスの割れる音、金属の金切り声、そして怒声。
霧の立ちこめた屋外から玄関へ入ってきたばかりの城の主は、湿ったコートを脱ぎながら音のする方へチラリと視線を泳がせた。
「またやっているのか」
「はい。目が覚めていればあの通りで…」
「どれ、見に行こうか」
「お館様」
足早に歩いて行こうとする男に向かって、白髪の老執事が話しかける。
「何故、そこまで拘られるのですか?」
「何度も言わせるな。口出しは無用だ」
「いいえ、言わせていただきます。自らの変化を受け入れることを拒否した者をそのまま放置しておくことは一族の存亡にかかわります」
男は立ち止まり振り返ると、無言のまま色違いの瞳で老執事を睨み付けた。
「…俺には一族のことなど知ったことではない。何度も言う、あれのことで口出しは無用だ」
そう言い放つと、男は厳しい背中を向けて廊下を歩いて行く。
薄く開いたドアから、ぶ厚い絨毯の敷き詰められた狭い部屋へ音もなく入って行くと、窓のない薄明かりの室内は足の踏み場もないほど乱れていた。
ロイエンタールは黙ってそこを通り過ぎ、隣の寝室のドアを開く。
「ミッターマイヤー」
つい昨日、塵ひとつ無いほどきちんと整えられていたはずのここもまた、乱れに乱れた場所になっており、引き裂かれた布が天蓋からぶら下がり、ひっくり返った枕やシーツの海の中、まるで溺れるかのように突っ伏している人の姿があった。
「ミッターマイヤー、ウォルフ。何時目が覚めた?」
穏やかに声をかけるが、シーツの海からは何も反応が返ってこない。
ロイエンタールがシーツを捲り、突っ伏したままのミッターマイヤーの肩に触れようとした途端、まるで稲妻のように起きあがりその手を振り払った。
「触るな!あっちへ行けっ」
「血の臭いがするぞ、ウォルフガング。どこか切ったのではないのか?」
ミッターマイヤーの言葉など意に介することなく、ロイエンタールは足元に落ちている硝子を靴底で踏みしだく。
砕けていたのはアンティークのテーブルランプ、水差し、グラスなどの繊細な細工物で、破壊を意図して乱暴に扱えば自らの手すら傷付けてしまうような代物だった。
ロイエンタールを振り払った右手は、小指の根元から肘にかけて傷だらけになっていた。多分、左手も。
シーツには赤いまだら模様が広がっている。
「お前こそ、血の臭いでぷんぷんだ。俺に近寄るな、あっちへ行けったら!」
ロイエンタールは答えず、暴れるミッターマイヤーの身体をベットの上へ押さえ付けた。
「血の臭いか?そうだろう。ついさっき、女の首筋に噛み付いてきたばかりだからな。お前が目覚める前に戻ろうと思っていたのだが、先に目が覚めてしまったとは、よほど腹が減ったか?」
ミッターマイヤーの耳元で囁きながら、ロイエンタールは笑っている。
「うるさいっ、放せ、ロイエンタールッ!」
「今のお前は雛鳥みたいなものだ。俺が食い物を運んでくるのを待っている」
「やめろっ」
「気にすることはない。もうすぐ満月だから、喉が渇いても仕方あるまい」
渾身の力を込めてもロイエンタールはびくともしない。
それよりも、漂ってくる新鮮な血の臭いに我慢出来ないほど、餓え、渇いている自分を感じて、ますますロイエンタールを遠ざけようと無駄な足掻きを繰り返す。
「放せ。俺は養ってくれと頼んだ覚えはない!化け物になってまで生き存えるくらいなら、餓えて死んだ方がましだっ」
「お前の命など…自らの意のままにならぬことがもうそろそろ判っても良い頃だが…」
ロイエンタールは、ミッターマイヤーの身体を押さえ付けながら、点々と血の染みの付いているシャツを肩から降ろそうとする。その意図を悟ったミッターマイヤーは、狂ったように激しく抵抗した。
「やめろ!ロイエンタールッ」
「どうした、ミッターマイヤー。全然力が入ってないぞ。お前は昔から腹が減るとそうだったな」
喚き、暴れる抵抗をものともせず、乱れたベッドの上で衣服を剥ぎ取る作業を続ける。
尤も衣服と呼べるものは上質な絹のシャツ以外与えてはいなかったが。
その間ますますミッターマイヤーの身体は渇くことになり、最後には弱々しい動きへと変わっていった。
「もうお終いか?渇いているのなら与えても良いが、あまり抵抗されるのも鬱陶しいからもう少し待て」
ひやりとした掌が肌の上を滑っていく感触に、ミッターマイヤーの肌が粟立ち、ぞくりと身体を震わせる。
「い…やだ…、ロイエンタール」
ロイエンタールは、まるで離れていた数年の時間の溝を埋めようとするかのように、嫌も応もなくミッターマイヤーを求めてくる。
少し前までは渇きを癒すのが先だったのに、あまり回復すると抵抗が過ぎるようになった為、最近は力を与えぬまままず征服する行為を優先する。
「お前だけだ…」ロイエンタールは、桜色の耳朶に歯を立てる。
「お前だけが欲しかった…」
ミッターマイヤーは、囁く声、吹きかけられる息、そして濡れた舌先、指、掌で行われる濃厚な愛撫によって瞬く間に追い詰められて行く。
ロイエンタールは、最初の絶頂を迎えてぐったりとした身体を抱き上げ、緩く開いた唇にそっと口付ける。
唇越しに与えられる「力」。
それは、今のミッターマイヤーが唯一餓えと渇きを癒し得るもの。
生命を繋ぎ止めるその力は、ロイエンタールとの口付けによってしか得られなかった。
どんな液体も、固形物も、今までミッターマイヤーが生きる糧としていた食料は全く受け付けない身体になっていて、空腹と言うよりも猛烈な渇きに襲われる。
初めは闇雲にロイエンタールの唇を求めたが、それがどういう力なのかを知ってからは虚しいと判っていても抵抗した。
渇ききって身動き出来なくなった身体に与えられるその「力」は、まるで砂漠に降る雨のようにも感じる。
ロイエンタールの唇が離れると、ミッターマイヤーはうっすらと瞼を開いた。
興奮の醒めやらないその瞳は、微妙な色合いの淡い紫色に染まっている。
それは、ロイエンタールの好きな色で、その変化を見たいばかりに途中で正気を与えるようなものだった。
間髪入れずに抱え上げたミッターマイヤーの身体に侵入を果たす。手足を絡め、隙間なく身体を密着させ、僅かな抵抗すら封じるかのように体重をかける。
「う、…つ…」
「力を抜いて、ミッターマイヤー」
「…どうしてだ?ロイエンタール」
「それを、お前が問うのか?ウォルフガング」
ぐっ、と突き上げられ、ミッターマイヤーは白い喉を仰け反らせる。
「何故、と言いたいのは俺の方だ」
ロイエンタールの声は甘く切ない。その美しい声と、激しい行為に揺さぶられ、ミッターマイヤーは正気でいることを放棄する。
意識を取り戻した時、酷い自己嫌悪に陥ることは判っていたが、今の彼には圧倒的なロイエンタールの力に抗する術がなかった。
「ミッターマイヤー。ウォルフガング。やっと手に入れたのだから、俺を拒まないでくれ。素直に受け入れてくれさえすれば良いのだ」
繰り返し囁きかける声に小さく頷きながら、ミッターマイヤーは己を抱き締める力強い背に手を伸ばした。
その腕にあった傷はもうすでに塞がりかけている。
ロイエンタールは、それが総て無意識の行為と知りながら、縋り付いてくる温もりが愛しく、こめかみを伝う涙を優しく舌先で拭ってやる。
望み通りになったとは言え、意のままにならないミッターマイヤーの反応に手を焼きながらもロイエンタールには自信があった。
「時間ならある。…それこそ無限に、だ。ミッターマイヤー」
そうしてロイエンタールは、乾いた唇越しに力を与える為だけでなく口付けをせんと唇を寄せた。
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