−ヨーロッパ共同体(EC)の申立−(1)次のような事実と法律的な主張に基づき、ECは、1994年のGATTの観点から、1996年のアスベスト禁止令について、次の点を認めるように求める。
@ 禁止令は1994年のGATT XI条の範疇に入るものとして検討されるべきものではないこと
A 禁止令は1994年のGATTのIII:4条の意味において、自国の製品に比べ、同種の輸入製品に対して、より不利益な対処をすることとしたものではないこと
B 禁止令は、いずれにしても、1994年のGATTのXX(b)条で定めている、人の健康を守る為に必要なものであること(2)またECは、パネルが次のようなことを認めるように求める。
@ 禁止令は、TBT協定の適用範囲に入るものではなく、いずれにしても同協定の規定に適合するものであること(3)最後にECは、パネルが次のように認めるように求める。
@1994年のGATT XXIII.1(b)は適用しないこと(4) 結論として、ECはパネルがカナダの主張を拒否することを求める。
−ヨーロッパ共同体(EC)の主張の論旨−
ヨーロッパ共同体(EC)は次のように反論する。
カナダが、「角閃石が健康にとって最も有害性の強いアスベストである」と述べていることは、(INSERMレポートにあるように)悪性中皮腫のリスクについてのみ認められるものであるが、ECが次に主張するように、クリソタイルが、少なくとも角閃石と同程度の肺がんの潜在的なリスクがあるということは受け入れられている。悪性中皮腫よりも肺がんの方が健康に対する深刻さや危険性の度合いは小さかったとはいえ、このような混乱はカナダの主張の中に構造的にみられるものである。
また、角閃石繊維が「フランスで広く使われた」というカナダの主張は正しいとは言えない。1945年から1988年まで、フランスで使われた約97パーセントはクリソタイルだったし、1988年以降は全部となっていた。
カナダのいう「粉じんの発生を少なくするための効果的な方法」について、ECは、ISO7337の基準に従った方法でいくつかの材料を使用することによって発生する粉塵のレベルは、フランスで認められている制限レベルや、カナダが言及している、WHOで認められている制限レベルよりもずっと高くなると考えている。
カナダは、原料のアスベストを加工する場合の分析のみを行い、建物の建設や、管理、メンテナンスを行う現場でアスベスト含有の製品を使用する人たちの分析を意図的に見落としている。ISO7337の基準により粉じんを抑える技術は、このような変化がある、移動する作業のタイプにおいては効果を示すことはできないのであって、通常発生する粉じんレベルは、フランスや他の諸国で採用されていた境界値を著しく超えていた。この境界値は、過度のリスクがあるということが証明されたために採用されたものである。
ECの主張によれば、フランスでは、飛散性の高いアスベスト製品の使用は1996年に先立って禁止されていたとカナダが言っていることは正しくない。1996年以前フランスでは、耐火のための使用は特別に禁止されていたが、それを除くすべてのタイプの飛散性の高いアスベストの使用は認められていた。そして、「フランスにおけるアスベスト関連の健康問題を引き起こしている主な原因は、過去に使用されたアスベストであって、特に、耐火のために吹き付けられた飛散性の高いアスベストである」ということもまた断言することはできない。
実際に、アスベスト関連の疾患は、耐火のための施工を実施する前から増加している。疾患は1950年代に始まっているが、実に、耐火のための施工は1960年代以降に実施されている。アスベストによって発生するがんの潜伏期間がたいへん長いということからすれば、1990年代以降のがんについて、耐火のための施工によることことを意味する。一方、フランスにおける悪性中皮腫による死者数は長期間にわたって急速に上昇している。さらに、この疾患の増加は、たいへん様々な産業部門にわたっている。
ECは次の点を指摘する。
1996年の夏、フランスによって課せられた禁止という措置は「反アスベストの宣伝に対する政治的なリアクションだった」とカナダは主張している。一国による決定が間違っていたとの解釈をしているのであるが、ECが次に述べるように、フランスでとられた制限的な措置は、長い間にわたって徐々に行われてきたものである。 カナダの主張は、ヨーロッパの他の7カ国では、何年も前から、同じような措置が取られてきたという事実は考慮に入れていない。ECが知る限りにおいて、カナダは、それらの措置が政治的な結論であると訴えたこともないし、それを抗議したこともない。ECは、INSERMリポートを分析した何人かの専門家が、使用された分析方法を鋭く批判したとか、その結論を厳しく批判していると述べていることも主観的であると考える。カナダ政府が採用しているRoyal Societyの専門委員会の報告では、この規定が複雑な科学的問題に対するものであるため、いくつか問題はあげられているとしても、INSERMリポートの内容を賞賛している部分もみうられた。Royal Society of Canada による公式の報告の何ページかの内容は、カナダの主張に反している。例えば、英語版の4ページから7ページでは、Royal Society of Canada の委員会が、INSERMの結論や9から18ページの説明に同意する点を重要な点としてあげている。INSERMの結論の主な点について、カナダの専門家は同意しているか、若しくはINSERMの結論に疑問を呈することなく科学的な問題に関する結論にコメントをしている。
ECはまた、the Royal Society of Canadaの委員会は、いくつかの箇所で認められているように(例えば英語版の15ページ)、余りにも迅速すぎていた点を指摘する。委員会は、合意に達することができなかったし(英語版の15ページ)、十分吟味されていない翻訳による不完全な文書に基づいていた(1ページ)。それは、間違った理解に基づいており、正しく翻訳されていなかった。
この最後の点に関しては、カナダにコメントを求める。 カナダは、現実に、INSERMやフランスに要求することもせずに、出版される前のINSERMリポートのコピーを所有していた。カナダはそれを英語に翻訳したが、翻訳版を著者によって改訂させることもなかった。著者は委員会の存在についても知っておらず、構成についても知らされていなかった。(UNSERMレポートの調査の間もそれ以降も含めて)いかなる時も、カナダ政府やRoyal Society of Canadaは、INSERMレポートに加わっていたフランスの専門家から説明や意見を求めなかった。そうしていれば、疑いなくいくつかの不明な点を解消するために役立ったことだろう。
このようなやり方は、科学的な議論をするこれまでの慣習とは決して相容れないものである。科学的な議論は明らかに必要なものであるが、それは、通常、それぞれが行う相反する議論に基づくものであって、一方の側が除外されるような手続きによるものではない。
ECは、カナダが、いくつかの代替製品に関して述べていることを否認する。 「代替製品の使用は、明確につくられている基準によって行われているものではない」とカナダが述べていることは正しいとはいえない。アスベストの代替品として使われている製品は、それらがどのようなものに使用されるかによって異なっている。それらはすべて化学製品である。そのため、危険防止の観点から、化学物質に関して適用される規制に従う必要がある。また、発がんのリスクが確立されているものやその可能性があるものは、発がん物質に関する規制が適用される。
「検出できないクリソタイルのリスクは、よくわかっていない代替品のリスクに置き換えられた」とするカナダの主張に関して、ECは、検出できないリスクはリスクが存在しないことと同じではないし、カナダが主張しようとしていることとは逆であるということを指摘する。この点において、INSERMレポートは、明確にかつ詳細に、(クリソタイルか他の物質かにかかわらず)低濃度暴露による低レベルのリスクは、詳細にわたる方法論的な問題から、実際に検出することができないことを示した。
このように、ごく少量の吸入においては検出でないほどのリスクしかないという論法でクリソタイルを認めようとすることは全く受け入れがたい。もしこのような理由付けに従うならば、非常に低レベルの暴露の場合は、それによって生じるリスクは検出できないという論法で、結果的に、どのような物質も発がん性が認められないことになってしまう(例えば、タバコの煙をわずかに吸い込む場合、タバコによる発がん性のリスクは検出できないことは明らかだ)。事実はといえば、クリソタイルのリスクは検出できるものであるばかりか、高レベルの暴露があればリスクはたいへん大きくなるため、長期にわたって検出されてきたということである。このことは、「最新の」製品においてさえ、今日なお問題になっているものだとECは断言する。
ECは、さらに次の点を強調したい。
アスベストの代替製品の大多数は、何十年もの間、他の目的のために日常的に使用されてきた物質である。アスベストの使用によりリスクが発生することが科学的に証明されてきたのとは異なり、それらの使用によりどのようなリスクも検出されることはなかった。繊維強化セメントでクリソタイルを代替する製品は、いずれも国際的な基準で発がん性を認められていない。非常に限定した場合に使用されるいくつかの代替繊維製品は発がん性の疑いがあるかもしれないが、どの場合も、人間に対する発がん性は、国際的な基準に基づく科学的な証明はなされてはいない。フランスの決定が行われた1996年7月以降、この程度のリスクは知られている。
「クリソタイル含有の最新の製品によって引き起こされる健康リスクについて、科学的な証拠はない」と断言することはできない。ECは、WHOやILOのような権威ある国際機関の見解に基づき、このような陳述を否定する。フランスの知見によれば、アスベストセメント製品の製造方法はここ数年間目に見えるような発展はしていない。
さらに、カナダは言及していないが、ビルの管理やメンテナンスを行う際に発生する繊維の排出量は、許容量を著しく上回っている。結果的に、「最新の」製品という概念は何も意味をなさないことになる。カナダによって抗議を受けているフランスの規定の目的は、科学的に危険性があるとされているこれらの製品が普及することをやめることによって、存在するリスクが広がることを防ごうとしたことだ。過去の暴露や既に存在するアスベストを管理することによる問題を処理するために、他の措置が政府によってとられている。
「フランスのやり方を受け入れることは、すべての加盟国に、潜在的に有害な天然の製品に対して、それらを使用しながらリスク管理の合理的な手法を取り入れるのではなく、完全に禁止するという方を選択させることになる」とカナダは述べているが、ECは否定する。カナダの断定とは逆に、クリソタイルのリスクは、1998年にWHOで発表されたように、潜在的なものではなく証明されたものである。さらにWTOの合意は、すべての加盟国に対して、その国が採用しようとする防御レベルを選択する主権国家としての権利を認めている。
いろいろな分野で人々が暴露することを管理することが不可能であるため、危険性が拡大していく事態に直面して、どのような国も、発がん性があると考えられてない物質に置き換えること以外の方法で、発がん性のリスクをコントロールするために責任ある手段をとることができるとは言えない。
カナダの主張とは逆に、フランスの取った措置の結果、フランス産のアスベストと同種の産品を優遇するという結果にはならない。フランスは、アスベストセメントにおいて主にアスベストの代替として使われるアスベスト代替製品を製造しておらず、それらを他の国から輸入している。例えば、PVAはアスベストセメントの代替品であるが、世界でたった二つのプラントでのみ製造されており、その一つは中国、もう一つは日本にある。その上、代替製品は、科学的な組成が異なり、より危険性が低いことから、同種の産品とはいうことはできない。
(参考)
WT/DS135/R Page 5-
V. ARGUMENTS OF THE PARTIES
http://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/135r_a_e.pdf