HSCの提案(2)

HSCの提案(benefits)

 

イギリスのHSC(the Health and Safety Commission)が提案しているアスベストの禁止を求める諮問文書の中で、最も多くのページをさいているのは、「コスト・ベネフィット・アセスメント(COST BENEFIT ASSESSMENT)」である。アスベストを禁止するために必要とされる費用と、禁止することによってもたらされる利益を分析し、評価する。

一人の人の命が地球よりも重いと考える立場からすれば、死亡するはずの人生の価値を金銭に置き換えて、それを禁止に伴うコストと比べ、どちらがどのくらい多いか少ないかを考えるのは、許すことのできない非人間的な企てに映るかもしれない。

しかし、この文書を見て、私たちが果たしてそう思うかどうか、それは、日本の現状をどのくらい念頭に置いて見るかにかかってくることになる。

イギリスでは、現在アスベスト製品の製造会社は12あるという。
そのうち5つの会社は来年中にアスベスト市場から撤退するようで、残るは7会社になるという。
7会社の従業員の数は639人。
アスベストを今後も使い続けることによって、そのうち何人の人に肺癌が発生し、何人の人が悪性中皮腫にかかって死ぬのか、それをどのくらいの金銭に相当する価値と考えるのか、癌発生率が最も高いとされているアスベストの織物を製造する場合と、比較的少ないと考えられているアスベスト鉱山で働く人たちの疫学的なデータを使って、次のように算出して行く。

639人の人たちのアスベスト暴露濃度はおよそ0.2f/ml(1mlあたりのアスベストの本数)。40年間働いたと仮定して、1年あたりのアスベスト吸入量は8f/ml,yr。この量での過剰死亡リスクは、織物工場の場合で考えれば1.0%、クリソタイル鉱山の場合で考えれば0.056%。

そうすると、今後40年間で639人のうちアスベストによって死亡する可能性があるのは0.33人から6.6人になる(うち、悪性中皮腫によるのは0.03人から0.22人)。
一人あたりの癌死を金銭的価値に見積もると£0.71m(ミリオンポンド)になるとすると、今後40年間で得られる利益は、最大で£4.7m(6.6人の死者)、10年間で換算すると£0.47m(0.7人の死者)となる。これがアスベスト製品製造現場で、アスベストを禁止することによって得られることが期待できる価値になる。

次に、イギリスの現在の使用量、年間4000トンを使うことによって、アスベストに何らかの形で接触する労働者の数を約25万人と想定する。
これらの人の暴露レベルは0.25f/mlで、それは、0.025f/mlの継続的な暴露に相当すると考えられる。織物工場でのリスクが直線的な比率で当てはまると推定すると、今後40年間の過剰死亡者数は350人(うち18人が悪性中皮腫)、鉱山でのデータを使えば20人の死亡者数(うち3人が悪性中皮腫)となる。

肺がんの可能性は特に不明確であり、このレベルでの肺癌リスクはゼロということもないとは言えない(もしかしたら実質的な閾値が存在する可能性もありそうだ)。また、織物工場のリスクを建物のアスベスト製品を取り扱う人に使うのは過大評価になることもあるかもしれないが、最大限に見積もるとすれば、今後40年間の死亡者数は350人に達する可能性がある。
これは、40年間で£14mから£248m(10年間に直すと£3.6mから£62m)にあたる。

製造工場と建設現場での二つの労働現場での被害者数を合わせると、40年間で最大で総計357人の死者数(£253m)、10年間で89人(£63m)が見込まれる。
これらの金額に、廃棄物処理経費の削減で得られる£10.5mを足すと、全体で£74mが、アスベストを禁止することによって、今後10年間で得ることのできる利益になる。

一方、アスベストを禁止することによってかかる経費は、10年間で£191m から£241mと見積もっている。想定されるコストは、禁止することによって得られる利益(£74m)を大幅に上回っている。
これがHSCが出したコスト・ベネフィット評価の結論なのである。
しかしそれでもなお、HSCはアスベストの禁止を提案した(理由は後述)。

一方、日本ではどうか。
環境庁が今年6月23日に出した報道発表資料によれば、平成8年度末の特定粉じん発生施設の数は 2,141施設となっている(注)。
日本石綿協会で行っている平成9年度の濃度測定調査では、協会会員57社(94工場)のうち、石綿製品を製造していない会社と従業員20人以下の会社を除いた72工場を対象として調査をしたとしている。(「せきめん」1998年10月号)

イギリスの出している、会社数が5、従業員数が639人に対して行っているアスベストによる死者数の見積もりは、日本に同じように適用することはできない。イギリスの場合、アスベスト暴露濃度はおよそ0.2f/mlと想定しているが、日本の管理基準は2f/mlとなっているからである。
日本の現在のアスベスト使用量は、年間約18万トンである。
日本の置かれている現状を考えると、直接に危険があるわずか639人のためにここまで分析をしようとするHSCの努力が、私たちにとっていかに望むべくもないものであるかということがわかってくる。

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注:

「特定粉じん発生施設」というのはアスベスト製品製造工場などの数を指しているが、一定の出力以上のものしか届け出の規定が適用されなかったり、測定義務が常時使用する従業員の数が20人以下の場合は除外されるなど、適用除外がある。
アスベスト製品の製造工場は中小企業が多いと言われており、そのようなことから、静岡県では、現状を十分把握しきれているとはいえないとも言っている。環境庁の出している施設数は、都道府県に出されている届け出を集計した数である。

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