繊維状物質セミナー報告−(6)

2001年7月16日に行われた、「『繊維状物質の生態影響に関する最近の研究動向』セミナー」(中央労働災害防止協会労働衛生調査分析センター主催、繊維状物質研究協議会協賛)に参加したのでその概略を報告します。

ここでお伝えする内容は、録音テープと当日の資料をもとに、参加者が聞き取った内容をまとめたものです。聞き違いなどの間違いがある場合がありますので、どうぞご了解ください。

あくまでも講演のおおよその内容をお伝えするためのものですので、詳細についてはご確認をお願いいたします。



発がん物質の許容濃度(評価値)設定の考え方
−アスベスト等を例として

  矢野栄二(帝京大学医学部 公衆衛生学教授)

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昨年の産業衛生学会の許容濃度委員会で、アスベストについて、肺がん と中皮腫の合計の生涯リスクということで評価値を提案した。クリソタ イルだけのときには10のマイナス3剰を0.15、クリソタイル以外のアス ベストを含むとき0.03。1年間検討されて、正式なものとして決定され た。

許容濃度 1日8時間、週40時間暴露される場合、平均暴露濃度がこの値以下であれ ば、ほとんどすべての労働者に健康上悪影響が見られないという値。特 殊な感受性などの特殊な状況を考えない場合、大部分の場合に悪影響が ないという値。

最大許容濃度 短時間での影響を考えるときは8時間の平均値では危ない。平均では低 いが短時間で高いときに急性の影響が予想される場合、最大許容濃度と している。

評価値 ベンゼンをスタートとしてアスベスト、砒素と評価値という考えが出て きた。国勢調査、人口動態統計1995年、日本人男性平均寿命75歳。15歳 から65歳まで最大50年間、この濃度に暴露する。クリソタイルだけだと 0.15繊維/ml暴露すると、そういう労働者が1000人いた場合に1人だけ癌 になる、という値。暴露量とそこから癌がどれだけ発生したかという疫 学データ、論文を集めて計算することによってこのような値を示した。

アスベスト鉱山とアスベストの糸を作るとことではかなり違いがある。 バックグランドの肺がんになる率、欧米、日本のどちらの肺がんのリス クを使うか、というようないろいろな議論がある。
中皮腫については直接のデータはさらに得にくいので、肺がんと中皮腫 との関係を援用した。

評価値というのは、評価したらこうだったという数字を出しているだ け。今まで許容濃度ですすめてきたということに対する転換点。
これは、許容濃度委員会のベースにある考え方にできるだけ忠実にして いこうという中で出てきた。

リスクアセスメントとリスクマネージメントを考えて、許容濃度委員会 は、リスクマネージメントではなく、リスクアセスメントを提示する。 リスクアセスメントは、危険因子の暴露による健康影響を評価する。こ こにおいては価値観は出ない。許容濃度がこれにあたる。

リスクマネージメントは危険因子に対してどうやってそれを防ぐか、使 用を全面的に禁止することを含めた対応策のこと。管理濃度がそれにあ たる。

リスクアセスメントとリスクマネージメントについては、1983年にアメ リカのナショナルアカデミーが提案したシェーマがベースになってい る。

リスクアセスメントでは4つのステップがある。
ハザードアイデンティフィケイション(Hazard Identification)
どういう有害性があるのか、定性的に何があるのかをみる
ドースリスポンスリレイションシップ(Dose Response Relationship)
どのくらいの暴露量に対して何が起こるのか、定量的な評価
エクスポージャーアセスメント(Exposure Assessment)
ではどのくらい暴露しているのか。
リスクキャラクタライゼンション(Risk Characterization)
三つのステップを合わせて、この集団ではどのくらいリスクがありそう か、リスクの推定。これをもって完結。

リスクマネージメントは、労働者の安全を保護する目的、実際の経済活 動の中で行う。人と化学物質、毒性学などとは別に、経済、社会、政 治、意識、選択ということも含めて評価する。痛みを耐えてと言う場合 と、まず経済発展が第一と言う場合では選択が違ってくる。両方しっか り分けて独立に議論しようということ。

例えば、管理濃度を決める際、ある濃度でも健康被害が起こっているの に、その半分でも濃度を測定する手段がないから、その上にしておこう という考え方がある。管理する立ち場からすればわかるが、測定できる かどうかは別のこと。

リスクアセスメントのプロセスについて細かく見ていく。

ハザードアイデンティフィケーションについて。
疫学調査で得られた結果が一番重要な情報。非常に困難。
生身の人間、多様性を持っている。暴露社会生活の中にいる。多くの要 因にさらされている。シリカの発ガン性ありやなしやについても、1.2 というネガティブリスク、コンマ2のリスクを、偶然であるのか他の要 因であるのか、かなり難しい。新しい物質についてやるということはで きない。

次は動物実験となるが、種の間の違いがある。
実験動物では強い影響が出るが、人間では出ない。人間には強い影響だ が動物には出ない。ラットの場合、マウス、ハムスターの場合で違う。 種の問題、系統の問題、雄と雌の問題。アスベストのように気道系が問 題になる場合、人間の鼻の構造とねずみの鼻の構造とは違う。

動物実験から得た結果を人間に外挿することの問題。
10倍ほど安全をみようというがそれが妥当なのかどうか。アニマルライ トグループ、費用がかかる、時間もかかる。動物実験も万能ではない。

そこで短期試験が注目されてきた。新しい化学物質についてはこれを使 おうということが制度に取り入れられた。

ベースになる考え方は、突然変異を起こすということが発がん性のベー スにあるという考え方。エムステスト(Ames Test)という、サルモネラ 菌の突然変異を指標にした発がん物質を見つけていくという指標がスタ ンダードとして使われるようになった。

コーヒーカップ1杯の中に何十何万の発がん物質がある、毎日ほとんど の人が飲んで癌を起こさない、最近はコーヒーを飲んだほうが健康にい いと言われる。ばい菌でみたことを人間に当てはめるということ自体の 限界があると、バランスや合理性の意味からエムス自身が批判。

化学物質の分子構造だけから類推していこうという考え方structure activity rilationship、新しい化学物質の毒性を予測するという考え 方もある。

定量的評価、dose-responseがリスクアセスメントの第2のステップにな る。 えてしてデータにばらつきがあり、疫学はデータが限られる。高い濃度 の研究結果になる。

許容濃度を議論するときは低いdoseが問題になるが、それがよくわから ない。閾値があるのではないか、単純な観察式を持たない場合もある。 濃度によって違う作用になるときもある。

ロウドウズで考えられなければならないこと、観察の個体数が影響。
閾値があるかないかということでは、いろいろな指標が出ている。

LOAEL(Lowest Observable Adverse Effect Level)
悪影響が想定される最も低い量
NOAEL(No observable Adverse Effect Level)
何事も悪影響が観察されない量
ADI(Acceptable Daily Intake)
わからない低い濃度なら、このぐらいは許容しようかという量
RfD(Reference Dose)
いろいろな要素を考えて決める

根本的考え方の差、確率的影響と非確率的影響。
発がん性については、ベースに突然変異ということがある。放射線が DNAの1箇所をヒット、突然変異を起こす。放射線の量をどこまで少なく してもなくならない。確率的影響。発がん性、遺伝子的影響。

放射線で皮膚が赤くなるなどは非確率的影響。あるレベルから起こる。 一般毒性に適用する影響。

確率的影響については、理論的にも最近批判が出てきている。
化学物質、砒素など非常に低い濃度では人体に必要なのではないか。人 間にはさまざまな保護作用がある。紫外線が皮膚がんを起こすと言って も、皮膚には紫外線を吸収する組織がある。気道にも一定のバリアがあ る。突然変異があっても修復する、リペアメカニズムがある。

より本質的議論としては、発がんを突然変異だけで考えるのは3、40年 前の話。突然変異に加えて、細胞分裂のプロセスがある。突然変異が発 がんに寄与する部分は低いのではないか。細胞分裂のコントロールが乱 れるほうが大きいのではないか。

突然変異では確立的影響があるが、細胞分裂のコントロールということ では一定のホメオスタシスがあって、これが乱れるためには、一定の閾 値を持った非確率的影響があるのではないか。こちらの方が大きな役割 を持っている発がん物質もある。

トータルでは確率的影響だけで突っ走るわけにはいかない。閾値が考え られるのではないかという考え方が最近強く出てきている。

エクスポージャーアセスメント、どのくらいの暴露量があるか。
測定の方法、暴露の経路、バイオロジカルモニタリング、個人差が関 係、気合で決めなければならない安全係数、対象集団の年齢、環境と作 業環境と違う。そのようなことが影響。

総合としてリスクキャラクタライゼイション、総合評価。
調査対象数は不十分で統計的に評価される不確かさもある。ドーズリス ポンスカーブも下のほうはどのようになるのかわからない。

ユニットリスク、単位量の暴露量に対してどのくらい集団で癌が起こり うるか。環境基準で出てきて、作業環境のほうに適用されてきたのが評 価値。

以上が、評価値をアスベストに提案した経過。
最後に、アスベストに対するリスクの問題点について諸外国の状況。

アメリカのACGIH、民間の団体、評価値は世界中で権威がある。
アスベストによる肺がんは前提にアスベストシス、石綿肺が必要。石綿 肺は閾値がある。石綿肺の閾値以下の濃度を守っておけば、肺がんも起 こらないという立場。

石綿による肺がんは石綿肺が前提にあるという考え方は、否定的で、京 都の国際じん会議のセッションでも、全体の合意として、石綿による肺 がんは石綿肺を前提にしないという結論となった。

石綿肺という定義が、昔の顕微鏡レベルの問題なのか、CTなのか、亡く なった後の肺を見た場合なのか議論自体がはっきりしないが、アメリカ でACGIHはそのような立場。

イギリス、HSE(Health and Safety Executive)では、 OESs(Occupational Exposure Standards)、MEL(Maximum exposure Limits)を出している。

OESsはわが国の産業衛生学会の許容濃度と似たような考え。1日8時間、 週40時間でその濃度以下ならば大丈夫ということ。

その中に発がん物質、感作性の物質は含めない。そういうものはマキシ マムエクスポージャリミットMELを適用。労働者保護が主要な課題だ が、生物学、医学、中毒学の情報だけではなく、ソシオエコノミックフ ァクター、コストベネフィック、費用便益の考え方を入れて決定する。 発がん物質はMELにもっていく。確率的な影響の考え方にたって、外部 の要素を入れて決定する。

ドイツ、マックMAKとTRKを出している。
MAKは許容濃度と同じ立場で、生物学的医学的な情報をもとにする。 TRKは、発がん物質等に当てはめる。TRKを決めるにあたっては、測れな い濃度をTRKにしないという考え。物質に対する対策が取れるか取れな いかも考慮に入れる。リスクマネージメントの要素も十分に入れてTRK を決定するということを言っている。

わが国では産業衛生学会が評価値をまとめた。医学生物学的な数値。 発がん物質の禁止は実用性がない場合が多いから、どのレベルで管理し ていくか問題になる。今後は、社会的、経済的、工学的、それぞれの専 門家を十分な数集めて、許容濃度委員会の情報を合わせて決定していく ことが必要かと思う。

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