* 暖気運転の効用 *
旧車に限らずクルマ拘る人の多くは、走行する前に必ずといって良いほど暖気運転を行なっています。 しかし、巷で噂されるように水温や油温の針が適性値の下限辺りに来るまで待つ必要が本当にあるのでしょうか。
ホンダSのメンテナンス技術の高さで有名な『名岐オート』のオーナーK氏は「クルマに暖気運転は必要ない。」と宣われます。
氏によると、「水温計の針が動くまで待つことはアイドリング状態を数分間続ける事になり、これはエンジン内部にカーボンを発生させるだけでなく、最大トルク付近の回転数で最も安定するように調整されているキャブレターやバルブ・タイミングに悪影響を与え、エンジンがかぶり気味となりオイルやプラグを痛め、オイル下がりの原因にも繋がる。
しかも、暖気運転によって十分に暖められたエンジンで走り始めから高回転を持続させるので、まったく暖まっていないミッションやデフを強引に回転させることになり、故障の原因となる。」
「従って、暖気運転はエンジン・オイルがエンジン各部に隅々まで行き渡る30秒から1分程度で良く、最初は回転を上げずに走りクルマのメカニズム全体を徐々に暖めていくのが一番良い。」と言う理由を述べられていました。
初めてこれを聞いた時は目から鱗が落ちる思いがしましたが、完璧にO/Hされシビアにセッティングされたエンジンを作る技術を持つ氏ならではの言葉には確かに一理あると納得しました。
全てのエンジンの暖気運転が30秒から1分程度で良いと考えるのは早計ですが、エンジンの構造上では氏の言われる事は事実であり、改めて暖気運転の意味を考えてみました。
1.旧車の暖気について
まず、対象を旧車に絞って考える事にすると、暖気運転の最大の効果はスムーズな加速と安定したアイドリングが挙げられます。
御存知のように旧車はキャブレターとポイント点火という過去の遺産を使用していますので、冬季の始動にはチョークという、これまた懐かしい小道具を使用してガソリン混合気を上げ、エンジンを始動させるのが一般的な儀式としてまかり通っています。 又、始動してからも機関がある程度暖まらない限りはスムーズな走りなど期待するべくもなく、加えて、エンジンが冷えているとアイドリングも安定せず酷い時には止まってしまう事もあります。
この為に暖気運転が必要になっているのです。
これは、酷使され正規の性能を発揮出来ない状態のエンジンや長い間調整されず本来の性能を失っているエンジンなどでは顕著に発生し、冬場では本当に暖気運転を10分位続けなければまともに走れないクルマもいます。
更に冬季では常時回転するラジエター・クーリング・ファンのお陰で、冷却水の温度はなかなか適温に達しないという旧車独特の持病も有り(なぜか、盛夏時には件のファンの効用はまったくなくオーバーヒートを引き起こすのですから困った物です)、この辺りからチューニングしていく必要もあります。
このあたりの対策は後で解説しますが、走る為に暖気運転が十数分間必要なクルマは、やはりどこかに異常があると考えたほうが良いでしょう。
又、暖気運転ではありませんが、月に一回も運転されない旧車などのオーナーの中には、バッテリーの充電のためとかオイル下がりを防止するためと称して、そのクルマのエンジンを数十分間ほどアイドリング状態で動かしている人が多いのですが、この様なマネは絶対にしないで下さい。
理由は至極簡単で、前述したようにアイドリングでエンジンを回転させることは、そのエンジン自体の機構に悪影響を与えるだけに止まらず、関連する様々な付属物に深刻な影響を与えます。
例えば、アイドリング時の排気によって暖められたマフラーは外気温との差で結露し、本来走行する事によって外に排出される筈の水分がマフラー内部に残留し腐りを誘発します。
又、アイドリングによってシリンダーヘッド内部に発生する不完全燃焼ガスはオイルの劣化に一役買うだけでなく、ブローバイガスとしてエア・クリーナーに還元されるため、貴重なエア・エレメントをガスで汚す事になり交換が早まります。
それ以外にも、800〜1000rpm程度のアイドリングでは、60年代オリジナルのゼネレーターやオルタネータは十分な電気を作ってはくれませんし、エンジンを動かす事によって確かにエンジンのオイル潤滑は行なわれるでしょうが、ミッションやデファレンシャルのオイル潤滑は行なわれません。
エンジンと異なりデフやミッションにはオイル・ポンプは付いていませんので自らが回転する事によって内部のギアがオイルを掻き上げて潤滑していますので、ろくに走らせずエンジンだけ始動させていても悪影響のほうが多いのです。
「クルマはエンジンだけで走るに非ず。」
エンジンにだけ神経質になる事は本末転倒であり、クルマの全ての部分に注意を払う事が必要なのです。
筆者も、その様な扱い方をしているオーナーには出来る限り注意をしているのですが、頑固で無知な人が多いのでなかなか筆者の言葉を理解してくれず、その行為を改めてはくれません。(オーナーにとっては大きなお世話)
賢明なオーナー諸氏は、仮に愛車を動態保存(走行可能な状態で動かさずに保管する事で大体は車検切れなどでこの状態に陥る事になり、更にナンバーを切ってしまうと事態は悪化する。) として管理する事になったとしても、クルマに悪影響を与える無意味なエンジン始動は出来るだけ慎み、動かすのであれば仮ナンバーを取得して2〜3カ月に一回程度は一般道を一定時間普通に運行するように心掛けて下さい。
それでは、煩わしいアイドリングなしでも快適に運行する事のできる比較的簡単なチューニングについて解説したいと思います。
ここで言う『チューニング』とは、クルマ全体の整備と調整を意味していると考えて下さい。
某オプションなどの過激な性能アップとはまったく別の、本来の意味のチューニングを指しています。
2.楽しく旧車に乗るためのチューニング
エンジン・点火・冷却 系
まずは、かなり長い間使用され続けてきたエンジン本体の機能回復を計るべきです。
とはいってもオーナー自身で出来る事はスパークプラグの交換や清掃,ハイテンション・コードの交換,ディスビ・キャップの交換や清掃、といった、主に点火系のメンテナンスとエンジン・オイルの選定によるチューニング程度が、簡単かつ効果的な内容で、これ以外にもタイミング・ライトとサービス・マニュアルなどの指南書があれば、点火時期の調整やポイントの調整(進角調整はかなり難しいのでプロの手を借りた方が良い)、 シングル・キャブレターやSUツイン程度の比較的いじりやすいタイプのキャブ調整なども、エア・フロー・メーター片手にサービス・マニュアル首っ引きで調整することが出来るはずです。
ここで、注意しなければいけない事は基本に忠実である事、そしてタイミング・ライトやエア・フロー・メーターなどの測定器は絶対に準備する事です。
プロの中にはそんな器具も使わず勘で調整してしまう例もありますが、それは彼がこれまで培ってきた豊富な経験によって得られた特種技能であり一朝一夕に真似出来る物ではありませんし、それほど優れた技術を有するプロでさえも基本的な所ではきっちりと計測器を使用し慎重に作業している事が殆どです。
つまり、9割までは基本通りに調整し、残りの1割は自分の持つデータと勘(感性と言い換えても良い)で、そのエンジンの特性とコンディションに合わせた微妙な味付けを行なっているのです。
また、ビギナーはエンジン本体に手を付けないほうが安全です。
バルブのタペット調整やタイミング調整などは生半可な知識では完璧に出来ない上、最悪いじり壊してしまう事が往々にしてあります。
やはり、一つ一つ階段を上るように段階を経て身に付けていくべきことで、「あいつに出来るのなら俺にも出来るだろう」的な根拠のない自信で手を付けるべきではありません。
どうしても自分でやりたいのならプロや十分な技術を習得しているアマチュアに助言をもらいながら行ない修行を積んで下さい。(出来るなら作業しているその場所で教えを請うのが一番良いでしょう)
以上の作業によってかなりエンジンは調子を取り戻すでしょうが、性能に不満が残ったり交換すべきパーツが希少である場合には、思いきってセミ・トランジスターやフル・トランジスターの使用、加えて多少高価ですがCDIの併用などで点火系へのドーピングを行なうのも一つの方法です。
この辺りの効果はてきめんで、始動性やアイドリング時の安定が格段に向上します。
但し、オリジナルは損なう結果となりますが・・・・
次に、水冷の場合にはウォーター・ジャケットとラジエターの水垢取りを行なって下さい。
洗浄には市販のもので十分です。
また、そのついでにラジエター・キャップとサーモスタットを新品に交換するのが良いでしょう。
御存知のようにラジエターはエンジン冷却水を冷やすためのものですが、夏場に90℃近くまで上昇した冷却水は熱によって膨脹し気圧が上昇します。
ラジエター・キャップはその気圧に耐えて外部に吹き出さないような構造になっていますが長期間使用したキャップは内圧に負けて冷却水を吹き出したり、圧を逃がしてオーバー・ヒートの原因となります。
また、サーモスタットは寒冷期の外温に影響されず冷却水の温度を一定に保つようにラジエター・ホース(吸入側)近くに取り付けられており一定の温度(大抵は80℃当たり)に反応して弁を閉じたり開いたりしています。
冬場の水温の上昇が余りに遅いクルマはサーモが固着して開きっ放しになっている場合が多いようです。
このような作業を行なっても症状が改善されない場合にはラジエターのピッチ増しや純正の冷却ファンを取り外し電動ファンに換装すれば対処出来る筈です。
これまた、オリジナルを損なう結果となるのですが、それがどうしても嫌なら現状に甘んじるか、エンジンを含んだ機関部全体をフルO/Hして新品に近い状態にまで戻すしか方法はないでしょう。
現代も30年前も夏は暑く、冬は寒いのですから設計に問題がないのであればオリジナルのままで十分対処出来るはずです。
ミッション・デファレンシャル 系
ミッションとデフのオイル交換はエンジン・オイルのように簡単にはいきません。
第一に、この二つのオイル交換はエンジン・オイルに比べライフ・スパンが長いので、購入時に一度交換してもらえば4〜5万キロはそのままで大丈夫です。
(但し、一部のスポーツ・カーやGTに取り付けられているLSD,すなわちリミテッド・スリップ・デフに関しては交換時期は早くなる。詳しくはサービス・マニュアルをチェックのこと)
従って、無理に自分で交換しなくても車検時に頼んでおけばプロが完璧に交換してくれるでしょう。
もし調子が悪かったり異音が聞こえる時には車検時に申し添えておけば、親切なメカニックなら症状にあったオイルやトリートメントを使用して対処してもらえる筈です。
どうしても自分でやりたい人はチャレンジしても難しくありませんがちょっとしたコツが必要です。
プロに方法を聞いたりマニュアルを参考にして作業して下さい。
電装系
雨の夜にヘッド・ライトをつけワイパーを動かし、デフロスターで窓の曇りを取っているという電気系フル活動で渋滞に巻き込まれた時に電流計の針がマイナスいっぱいに振れていたり、ウォーニング・ランプが鈍く点灯したりしたら、発電量が低下しているかバッテリーが弱っています。
旧車は特に発電量がウィーク・ポイントで、今日ほどクルマの多くないのどかな時代に生まれており、上記した状態を長く続けるといずれは電圧低下でエンジンも動かなくなります。
オリジナルに拘るのであれば、渋滞に巻き込まれた時は電気を温存し、注意深く運転を続けなければなりませんが、それでも直流のジェネレーターやセルダイナモなどという前世紀の遺物のような発電機では非常に心許無いものがあります。
新品やO/H済みのものでも頼りないのですから、現状で使用しているのであれば、いつ具合がおかしくなっても文句は言えません。
これに対処する完璧な方法はありませんが、バッテリーの容量アップと高性能バッテリーの使用で取り敢えず対処するか、根本的に発電機を大容量の現代のオルタネーターにスワップするしかありません。
後述した方法を、オーナー自らが行うのは少し荷が勝ちすぎるでしょうから、電装屋に相談して改造を行うしかないのですが、かなりの費用と時間を伴いますので覚悟が必要です。
足廻り・ブレーキ・ステアリング 系
足回りとブレーキ,ステアリング系も、経年劣化により痛みを生じやすい箇所です。
特にショック・アブソーバーなどは、寿命が2万キロとも10万キロとも言われ評価の別れる所ですが、オイルがスコスコに抜け切り明らかに要を成していない状態のショックでも、気にしないオーナーはそのまま乗り続けているのが殆どです。
ショックですらそんな状態ですから、足回りのブッシュやボール・ジョイントなどに至っては気にも掛けてもらえないのは当たり前で、オリジナルのシャキっとした状態を知らないオーナーにとって判断材料がない分、異常に気付かないのも仕方無いのですが、足回りのブッシュがドロドロに溶けたり、劣化によってヒビ割れが入った上ちぎれて欠損していたり、酷い時には潰れて飛び出し全く要を成していないものもあります。
また、ボール・ジョイントもブーツが破れ、グリスが泥で洗い流されてガタが生じているものが多くあるようで、この部分のへたりはステアリング系にも悪影響を与える原因でもあり重要な箇所なのですが、エンジンやミッションに比べると痛みが直接分かりにくい上、判断がオーナーの主観によって左右される所でもあるので軽んじられている箇所でもあります。
ショックやブッシュ,ボールジョイントなどのパーツは在庫があるうちに新品に交換しておくべきで、後回しにしてしまうと後々大変な出費を強いられる箇所です。
ショックなどは純正品以外でも色々と代用品があるでしょうから(代用品のKONI等の舶来品のほうが純正より遥かに優れていたりする。)、クルマにあったものを見つけて交換するのは比較的簡単です。(但し、ストラットを採用しているクルマについては特種工具なしでは交換できません。 ダブル・ウィッシュボーンとリジッドという組み合わせが最も作業に適している様です)。
ボール・ジョイントとブッシュの交換は足回りのセッティングに直接影響する重要な部分ですからホイール・アライメントの取れる整備工場に依頼した方が得策です。
足回りのリフレッシュが完了した時点でステアリングに異常なガタや遊びが多いときは事態は深刻でステアリング本体に異常がある可能性が高くなります。 これのO/Hは、パーツが無いと不可能なので大変な時間と費用が必要となるでしょう。
最後にブレーキ関係は旧車最大のウィーク・ポイントで、完調の状態でも現代のクルマに比べると明らかに劣っており改善を必要としますが、大幅な改造は違法改造とみなされるうえ改造キットのような物は殆ど存在しませんので(ホンダSなどをディスク・ブレーキ仕様にするパーツは発売されているが、これは稀な例といえます。)、オーナー自らがトライ&エラーを繰り返して改造を施しているのが現実です。
従って、ブレーキ性能の向上にはブレーキ・パッドやシューの材質の変更,並びにブレーキ・フルードの高性能化で対応する程度がオリジナルを逸脱せず、かつリーズナブルな方法といえるでしょう。
パッドやシューのライニング張り替えは、専門店で行われていますので、使い古した部品を預けておけば張り替えは行ってくれます。
ブレーキ・フルードの高性能化は、特別な事が無い限り大体はDod 3という規格のフルードが使用されている筈ですので、これをDod 4やDod 5という上のクラスに交換する場合が多いのですが、気をつけることは数字が大きくなるほどライフ・スパンが短くなる点で、高性能と耐久性は反比例することを理解しておいて下さい。
特にDod 5などはレーシング・パーパス・オンリーですので耐久性などは度外視しています。
加えて、ブレーキ・フルード交換時にはブレーキ・マスター・シリンダーやブレーキ・シリンダーなどのカップ,ブレーキ・ホースなどの消耗品はチェックし、必要ならば新品に交換する必要があります。
旧車の場合にはその当たりの部品ですら既に欠品となっていることが多く、注意を要する部分です。
以上のブレーキ関係は比較的触りやすい箇所なので、既に多くのアマチュアが自分でメンテナンスを行っていますが、経験による要領がかなり必要とされます。
しかも、クルマの安全性に直接影響する重要な箇所なのでビギナーがいきなり触るのは危険です
やはり、エンジン本体と同じくプロや十分な技術を習得しているアマチュアに助言をもらいながら作業を行なうより、作業の全てを整備工場に依頼されたほうが良いでしょう。
最後に
自動車にとって最も大切な『走る,曲がる,止まる』を司る中心を成す機関に経験の浅いビギナーが直接手を下すのは、整備不良によって第三者を巻き込む危険を孕んでおり余りお勧めできませんが、何事も経験ですから、まずは比較的安全なエンジン調整から手を付けてみることをお勧めします。
仮に失敗したとしてもエンジンが不調になりクルマがまともに走らなくなるだけなので、走行中に整備不良に伴う事故は発生しませんから安心というものです。