新訂 古事記

発行:(株)角川書店
訳注:武田祐吉
補訂・解説:中村啓信
角川ソフィア文庫

○言わなくても分かりそうだが、日本神話と呼ばれる場合もあるものだ。
 読めばわかるのだが、神話といっても日本に天皇家を神格化、かつ系譜の整理の為に編纂されたもの、と思って間違いはないだろう。
 日本の朝廷の草創期は、大王(天皇)の権威は絶対ではなく神格化が必須であったようだ。
 …中世欧州において、王を神の代理人と位置付けたのと似ているのかもしれんな。
 更に言うなら、何をしても許される身でありながら、かつ常に地位か命かどちらかを失う危険と隣り合わせ、という非常に安定しているのだか安定していないのだか分からない身分であったようだ。

○基本的に、古事記の編纂は権力側が行っている以上、権力側からの主観に基づいて書かれている。
 当然、地方の統合は「朝廷に逆らう反逆者の鎮圧」であり、地方権力の追放は「正当な権利の主張」である。
 ……もっとも、歴史とは勝者が己の都合の良いように作るものであるから、これは当然の帰結といったところだろうか。
 この辺の権力側の言い分を示している一番顕著な部分は、上つ巻の「国譲り」の下りであろう。
 ここでは引用することをしないので、興味をもったならば是非読んで欲しい。

○古事記は物語であって物語ではない。
 確かに、逸話等収録されてはいる。
 だが、大部分は天皇家の系譜に割かれている。
 この部分が非常に読みづらい。読みづらいのだが、別段読み飛ばしても話は通じるので無理に全部読むことは無いだろう。
 系譜好きでもない限り斜め読みで「ああ、こんな名前出てきていたな」位で充分だろう。
 後に出てきたときは、注釈がほぼついている。大体、長ったらしい名前ばかりなので覚えるほうが無理だ。

○先に、物語であって物語でない、と言ったが、結局のところ古事記は御伽噺であろう。
 天皇は歳をとらない、だとか神の子孫、だとか。
 当時その様に教育を受けていた者にとってはそれが事実であり真実なのであろうが、現代に生きる日本人ならばそれが違うことは知っているだろう。
 …最も、古事記に出てくる神々はすべて、当時の人間を神格化しただけである、という解釈もなりたつ。
 そうすれば、、まぁ、あながち間違いとも言い切れないであろう。
 信仰の自由がある限り、何をもって己の神と成すかは個人の自由だろう。
 ………人様に迷惑をかけない限りは。
 
 広い世界の中には本当に神の子孫がいる、という可能性を全否定することができるであろうか?
 答えは否。なぜなら神の定義が信仰・宗教によって異なるからである。
 …無信心者の私には宗教の世界は微妙すぎてよく分からないがな。
2003/9/14