昨日の夜はちょっとひやっとするくらい涼しくて、今日は雨。昨日のうちに洗濯すればよかった。さて、夕方出かけるまで家で片付けでもしようか。そんなことを思いながらテレビをみていると、寺越さん親子の話題が出ていた。
寺越さんのお母さんの言葉は、このあたりの方言で、何の違和感もなく耳になじむ。まるで近所の人が話しているように。息子さんが日本からいなくなってから42年。「42年は長い」という言葉が重い。なじみの言葉で重い言葉が語られる。寺越さんや拉致被害者の家族の皆さんをテレビで見ると、長い年月、いろいろなものを背負って闘って生きてきた人たちが、磨きぬかれてそこにいるという気がする。それはご本人達の望むところではなかっただろうけれど。個人ではどうしようもない大きな問題と、あきらめずに向き合ううちに、普通の人たちがここまで来てしまったのだ。私はその淡々としたつよさを目の当たりにして、ひそかに感嘆してしまう。寺越さんは、息子さんはもう日本に帰れないだろう、という。拉致被害者として認定しなくてもいいと政府に言いに行くという。簡単に解決のつかない問題に時間の経過がふりつもり、あとにもさきにも動けない状況になってしまったのだ。それすらも受け入れ、最善を尽くすという言葉だと思った。そしてまた、同じ画面に、いったん日本に帰国しながらまたもとに戻ってしまった女性の映像が映る。シナリオの出来上がった記者会見で、台本を読むようにコメントを語る女性の言葉もまた重い。裏と表。むこうとこちら。そんな場所に普通の人を置かなくてもいいように、なんとかしなくてはいけないんだけれども。
2002年10月8日のさるさる日記
横田さんと寺越さんでは立場が違うかもしれない。
時間の経過とともにいろいろと変化してしまうことも仕方がないことだと思う。